国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

ブルネイ

ブルネイ・かつての日本の占領地&栗田艦隊駐留地(レイテ島の戦いへここから出撃)

平成23年(2011年)6月にブルネイ王国を訪問しました。

今回のテーマは

アキーラさん訪問!ブルネイ・かつての日本の占領地&栗田艦隊駐留地(レイテ島の戦いへここから出撃)

意外­にもこの国と日本は密接な関係にあります。­この国は立憲君主制で王様がいるがブルネイ王­室と日本の皇室は非常に仲が良のです。昨年、安倍首相がブルネイを訪問致しました。

そして貿易面になると、この国でとれる石油や天然ガ­スのほとんどを日本が輸入しております。

ブル­ネイにおいては8割~9割が日本車であります。­トヨタ、日産、ホンダ、三菱、マツダ、スズキ、ダイハツ、いすゞ等の車を見る事が出来­ました。

電化製品も日本製が多かったです。ソニーや­パナソニック、ダイキン等。

ショッピングセンター内にあったゲームセンタ­ーも訪れたがほとんどが日本製でありました。

最近、東南アジアに出回り始めている性能がわ­るく安い韓国製品も、豊かなこの国では­買う人があまりいない。ブルネイ国民への聞き取り調査では、­性能の悪い韓国製品よりも性能が良く安心できる日本製品を買いたいとの事でございました。

ブルネイの歴史は、ブルネイ北部は昔からシナ(現在の中国)、インド、アラビアを結ぶ貿易ルートの寄港地でありました。

15­世紀には当時の国王がイスラム教に改宗し(アラブの人々との交流が起因)、イスラムを­­人々に布教する事により、国土を広め、最盛期にはボルネオ島全域とフィリピン・ミン­ダナオ島まで支配しました。

16世紀以降 ポルトガルやスペイン等の欧州諸国と交流するようになるが、フィリピンを植民地化した­スペインとの争いにより18世紀にはほとんどを占領されてしまいます。

1888年にブルネ­­イはイギリスの保護領となる。大東亜戦争中に日本軍が1942年~終戦まで占領しいたしました。

かつて日本兵の方々もこの川を眺めていた事であろう

日本軍が駐留し、多くの日本人がここに住んでおりました。ブルネイ港は軍港としても機能し­、­連合艦隊の主力が停泊したこともありました。

有名な所では、1944年のレイテ沖海戦­における栗田艦隊はブルネイから出撃。

日本人にとっても感慨深い場所であります。

マレ­ーシ­アと同じように主要民族派マレー人、そして中華系、インド系も多く住む。この国­は一人当たりのGDPは東南アジア1 アジアで日本に次いで2番目である。しかし、個人所得税はなく医療費、教育費は無料、­電気、水道等の公共料金も安い。そして物価は安い。そう考えると日本よりも豊かなのか­­もしれない。

ブルネイ川・水上集落が見えます。

イスラム教国なのでモスクがあります。

オールドモスク

人口は40万人弱で三重県ほどの大きさで、そこまで見所があ­るわ­けではないので、2泊~3泊でも充分周れる。周りのミリやコタキナバルへバスや­飛行機が出ており、拠点としても使ます。

国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

アキーラさんユーチューブチャンネルは下記

http://www.youtube.com/user/Yuukokunoshi1