国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

親日(国)

【日本統治時代開場】台湾・台北・士林夜市・地下食堂街!台湾料理&露店!

台湾といえば夜市。(アジア各国ではこういった夜市があります。タイの夜市も好きです。)台北で最大の市場である士林市場での夜市。

数多くの観光客が訪れる市場です。
歴史は古く日本統治時代の1909年に開かれた市場です。

士林市場は、1909年開場の施設の老朽化による衛生上・安全上の問題があったため、台北市政府は大規模改修をするため、2002年10月14日に同市場を閉鎖し、代替施設として剣潭駅前に「士林臨時市場」が設置されました。

臨時市場は2002年11月25日に営業開始し、士林市場にあった飲食店の多くが臨時市場に移転しました。

市場の中には、日本の縁日にあるような射的などのゲームがありますし、服飾やカバン、雑貨などの土産物店。南国特有の果物が売られている果物店、台湾や大陸の料理が食べれる店が多く軒を連ねています。

東ティモール・ディリ・日本のODA援助に対しての感謝の碑

I saw the sign “Grant Aid by the Government of Japan to the people of Timor Leste in Dili in East Timor.
日本からのODA援助(資金と技術)に対しての感謝の碑を発見。ディリ市内にある施設を訪問。

べモス~ディリにおける水の供給システムのプロジェクト(緊急改善)

2つの日本の会社が入ってますが
コンサルタント(事前調査等)は
名古屋に本社がある三祐コンサルタンツという建設コンサルタント会社。

施工の建設会社は大日本土木。

世界各地で日本はODAによる資金と技術援助をしていますが
日本の周辺にある2国をのぞき日本の貢献に
対して感謝をしています。対日感情のさらなる向上。

建設系の援助に関しては
日本の企業が入り、日本の企業にお金が
落ちています。

こういった日本の他国への援助は外交的
に有利に働くだけでなく日本企業の
企業活動にも有利になっています。

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タイ・バンコク・日本のODA援助で出来た橋。日本のODA援助に対しての感謝の碑

【Thai-Japanese bridge in Bangkok】
いたるところに掲げられる日本からのODA援助に対しての感謝の碑】
タイは戦後、日本政府が多額のODA援助(資金と技術双方、日本が最大のODA援助国)をしてタイの発展に貢献してきました。
道路、橋、下水道、建物、空港、地下鉄等。
これらにタイの人々は非常に感謝しており、下記写真にあるような日本の協力によって建てられたという事が分かる旨をプレートで記載等しています。

日本政府は今までにタイだけでなくアジア各国、アフリカ、中東、中南米、東欧、旧ユーゴ諸国、バルト三国等にODA援助をしてきました。(ほとんどの国が日本が最大のODA供与国です。)
日本の近隣の極一部の諸国をのぞいて日本の援助、助力に対しての感謝を示すためにそれがわかる碑をもうけています。

海外でのODA援助は日本にとっても利点があり、
対日感情がさらによくなることで、外交に関しても優位に働き
日本企業の海外進出、投資も入りやすくなっています。

また、建設関係は日本の大手や準大手のゼネコンが参入しやすく
なっています。

※撮影場所は
タイ・バンコク市内シーロム地区
BTSサラデーン駅から地下鉄シーロム駅に向かう途中にある橋。

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天皇皇后両陛下!タイのバンコクを弔問のために御訪問!タイの人々から大歓迎(奉迎)で迎えられる

【タイの人々に温かく迎えられる両陛下】
Many Thai people warmly welcomed the Japanese emperor and empress
天皇皇后両陛下は無事に弔問を終え、1泊バンコクでして本日、バンコクより政府専用機にて帰国されます。

現場には現地駐在の日本人も多く見かけましたが、それ以上にタイ人が多く来ていました。(目視では500人くらい)
タイでは王室は非常に尊敬されています。昨年10月にプミポン国王が崩御されてから政府機関の人間は1年喪に服し、勤務時でも上下黒の服を着用しています。

一般の人々でも上下黒もしくは華美でない服装で喪にふくしているいる人々は多いです。

先の大戦下でアジアで完全な独立国だったのは日本とタイのみです。そして同じ枢軸国側として戦い、イギリスを駆逐するための日本軍のマレー攻略やビルマ攻略の際に、国境付近の土地を使用させてもらい(日本軍が駐留)、食料補給等の支援を受けていたのは事実です。

真珠湾奇襲とともにマレーやビルマ攻略が迅速に進んだ背景には、日本軍が勇敢で強かったのはもちろんですが、現地マレー人やビルマ人の内からの協力、そしてタイの協力があったからでもあります。

戦後、わが国はタイに多額のODA援助(資金と技術双方、日本が一番のODA援助国)をしタイの発展に寄与してきました。

日本の皇室とタイの王室は非常に長い間、親密な関係にあり、貿易面、人的交流においても兄弟といってもよい関係にあります。

両国の関係が今後も末永く良好である事を願います。

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天皇皇后両陛下!タイ・バンコクを弔問のため御訪問!厳戒態勢が敷かれる

【日泰友好】天皇皇后両陛下タイへの行幸啓に際して厳戒態勢をとるタイ警察&軍。日本車ばかりです(トヨタ、いすゞ、三菱)
タイにとっ日本は非常に大切な国です。(日本にとっても非常に大切。先の大戦時からの同盟国(第一次世界大戦も連合国として参加し同盟国。)

天皇皇后両陛下に何かあっては国家威信を問われすので厳戒態勢がしかれていました。

The Japanese emperor and empress came to Bangkok in Thailand from vietnam today. Ex-Thai king Bhumibol Adulyadej(ภูมิพลอดุลยเดช) passed away last October and They saw him and prayed for the his soul,and They met the New Thai king. The strict guards ware set up.

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【両陛下車両王宮入場】天皇皇后両陛下!タイ・バンコクの御訪問!故プミポン国王への弔問!平成29年(2017年)3月5日!

【両陛下車両王宮入場】天皇皇后両陛下!親日国ベトナムから親日国タイへのご訪問⑤バンコクの王宮!故プミポン国王への弔問!平成29年(2017年)3月5日!

The Japanese emperor and empress are coming to Bangkok in Thailand from vietnam tomorrow. Ex-Thai king Bhumibol Adulyadej(ภูมิพลอดุลยเดช) passed away last October and They will see him and will pray for the his soul. Also,They will meet the New Thai king.

天皇皇后両陛下のベトナム&タイへの行幸啓。ベトナムは初めてのご訪問とのことですが、ベトナムで手厚いもてなしをうけたようで1人の日本人として、ベトナムに赴任経験がある身として非常に嬉しく思います。

そしてその帰路でタイ王国を訪問されました。
昨年10月のプミポン国王の崩御に際し、半世紀以上にわたり交流のあったプミポン国王を偲び、同国王への最後のお別れ、新国王ワチラロンコン陛下に弔意を表しました。

陛下は皇太子時代から数えて何度をタイを行幸されていますが久しぶりのタイ御訪問。

昔から日本の皇室とタイの王室の繋がりが深く、双方が両国を往来していました。
特に秋篠宮文仁親王殿下は調査研究のために何度もタイへ行啓されています。
https://www.youtube.com/watch?v=-pp8Y6j6LVk

ブータン航空!B3-700!ブータン・パロ→タイ・バンコク(インド・カルカッタ経由)

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I came back to Bangkok in Thailand by Bhutan airways as same as the going flight. The flight number is B3-700 and the flight stopped in Kolkata in India before arriving at BKK(Via Kolkata)
ブータンからタイのバンコクに戻ってきました。
航空会社は往路と同じくブータン航空。インドのカルカッタ経由でした。経由時間もあわせて4時間30分程の搭乗時間。

ブータン航空の2レターはB3 便名はB3-700
機材は往路と同じくエアバスの319-100
座席は、こちらも往路と同じく、プレミアムエコノミー席の3A

ブータン・パロ→インド・カルカッタ区間=軽食
インド・カルカッタ→タイ・バンコク=昼食

飛行は安定しており、窓からの景色も堪能できました。
目視や言語の聞き取りで、客はインド人が一番多く、その次にブータン人、他にアメリカ人、タイ人、ベトナム人、マレーシア人、ドイツ人、日本人(ビジネスに2名)がいました。
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【国民の幸福度の高いブータン?何が理由なのか?】

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【国民の幸福度の高いブータン?何が理由なのか?】

ブータンからタイのバンコクに戻ってきました。
ブータン航空を利用しブータンのパロから
インドのカルカッタ経由でタイのバンコク。

国民の幸福度GNH(Gross National Happiness)が高い国と
して知られるブータン。
何が国民を幸福と感じさせているのでしょうか?

これには様々なものがあると思います。

1人当たりのGDPは年間2700ドル程と経済だけをみれば後発開発途上国の部類に入りますし、ブータン人の平均寿命も70歳に満たない。(昔に比べ医療技術進歩したので平均寿命も伸びている)
インフラや福祉が整っているといえばそうでもない。
娯楽産業も多くない。
日本のように様々な国の料理が食べられるわけでもない。

皆さんが幸せを感じる時はどんな時でしょうか?
お金があるということは確かに幸福のうちの一つなのでしょうが。
お金があればいろいろな事が出来るのは事実。
健康でない人からすれば五体満足の健康な人々が幸せに見えるものです。
順風満帆の人生、自分の希望の進学、就職、結婚相手、恋人、満足のいく結婚生活、社会的地位の獲得、収入、名誉、名声、自分の好きな事をしている、趣味が充実、人間関係がうまくいっている、夢や目標達成等。

それではブータンの人々はどんな所に国民が幸せを感じるであろうか?
これは様々な人々への聞き取りや自らの目で見てきて調査
した結果で私的に思うことでもありますが・・・

一番は、ブータン国民の心の持ちようなのかもしれません。(宗教的、民族的側面)

ブータンというのは敬虔な仏教国(チベット仏教系)。
信心深いブータン人は寺院に頻繁に参拝します。そして平和や幸福を願っています。

嫌な事や不幸な事があっても物事を明るく考える。
常に自分が幸せだと考え定義づける。

ブータンの政府は2年ごとに国民に調査をおこなっているのですが、

GNHは

1.心理的幸福、2.健康、3.教育、4.文化、5.環境、
6.コミュニティー、7.良い統治、8.生活水準、
9.自分の時間の使い方の9つの構成要素からなっています。

※病院や水道、学校は一部をのぞいて無料。
→ここも国民の幸福度の要因となっています。

他にブータンは自然が豊富な国で大自然の中での生活。そして国の宝ともいえる自然環境保護には積極的です。
ここも国民の幸福度の要因になっていると思います。
※日本では東京などの大都市では便利で楽しい反面、人工的なストレスも多く、日本の企業はより厳しい社会であるので会社内でのストレスも受けやすい。

GDPで計測できない項目の代表例として、1の心理的幸福が挙げられます。
正・負の感情

★正の感情  1.寛容、2.満足、3.慈愛
★負の感情  1.怒り、2.不満、3.嫉妬

すなわり正の感情が強く、負の感情が低ければ幸せ度数が高いのです。ブータン国民は正にそれに値すると思います。

経済も発展し、インフラも整い、社会保障の充実した先進国の中では日本も含めてうつ病患者が多いのは事実です。日本も江戸時代まではうつや神経症などの病気はほとんどなかったものですが、明治維新、開国により欧米も文化が流入し、戦後は焼け野原からの高度経済成長による発展。物質的には豊かにはなったものの
反面、病んでいる人々も多いのが実情。

ブータンもそうなのですが、いわゆる熱帯の発展途上国の中には自殺者、うつ病者が少ないのが実情です。
それはやはり、人々の心の持ちようなのだと。タイでもマイペンライという精神がありますが、嫌な事があってもすぐに忘れる、気にするなという精神は感心できるものです。

どこの国とはいいませんが、日本の隣国には下記にある正の感情が弱く
負の感情が強い国がありますが、海外にいて出会うそれら人々の顔を見ているとそれらが顔や表情にでています。(数多く接してきた私ですが)

★正の感情  1.寛容、2.満足、3.慈愛
★負の感情  1.怒り、2.不満、3.嫉妬

人間が幸せに暮らす過程で
正の感情を強めて、負の感情を弱める事が重要だと思います。

ブータンにきて実感いたしました。
ブータンでは前述した闇の部分もあるのですが、国民の多くは自身が幸せであると思っています。

ブータンの人々は自国、民族の誇りがあり、自然や生き物を大切にする。そして感謝の気持ちがあります。
そして正直で発展途上国にありがちな人を騙すという事をする人々は非常に少ないです。
殺人の犯罪はほぼ皆無に等しく、傷害も年間200~300件程度。

日本は世界的にみて素晴らしい国(これは世界の多くの国々が認めている)ですが、資本主義経済が浸透し、金のためなら手段をいとわない銭化け亡者や人を騙してお金をとる詐欺師も少なからずいるにが実情。

今一度、日本人は自らの民族を見つめなおす時がきているのではないかとブータン渡航して実感しました。

【ブータンの対外関係は?】日本、インド、中国とは?

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【ブータンの対外関係は?】
ブータンは人口70万人、面積は九州より少し小さい国です。人口70万人といえば日本の地方の政令指定都市(熊本市、静岡市、相模原市、岡山市等)と同じくらいの人口です。

軍隊は志願制の陸軍で、総兵力は約1万人(ブータン王国軍約7,000人、ブータン国王親衛隊約2,000人、警察官約1,000人)。軍事費がGDPに占める割合は約2パーセント程度で、約1,700万ドル。

内陸国ゆえに海軍はなく、空軍もないのが実情。

小国ゆえに隣国のインドに安全保障をゆだねているのが実情。

ちなみにブータンは、非同盟中立政策をとり、
国際連合安全保障理事会常任理事国の
いずれとも外交関係を持っていないです。

現在、52か国、EUとの外交関係を結んでいます。
SAARC(南アジア地域協力連合)の加盟国で、
1971年には国連加盟。

※隣国インドとの関係は※
隣国インドとは深い関係ですが、
ブータンとインドは相互の国民が、
お互いの国を観光するときにビサ等必要なく、
身分証明書のみで大丈夫です。
また、ブータン国民がインド国内で
就労する際に法的規制はないです。

ブータン国内には数多くのインド人労働者
がいます。

※隣国中国との関係は※
中国とは国交を結んでいないブータン。

図で見ていただけると(ガイドさんからいただいたもの)
ブータン北部とブータン西部の点線の部分が中国共産党により
中国領と主張されている。
国土面積は、従来約46,500km2であったが、2006年に発表した新国境線では、約38,400km2にまで減少。

これに対してブータン政府は中国共産党政府に対して
抗議をおこなっているものの交渉は難航。

そもそもチベットは戦後に中国共産党が無理やり侵入し奪った
のですが。

政府は大国である中国と国交は結んでいないものの
争いをさける努力をしているのが実情。

国民の中国に対しての感情はこういった
問題もあり悪いです。

インドも中国と領土問題を抱えており、同じ立場ですので
ブータンの強い見方です。

※日本はどうなのか※

これは前述したとおり、ブータン人の対日感情は非常に良く
両国間で非常に良い関係が築けています。
ブータンの最大の援助国(資金、技術双方)は日本。

国民の対日感情が良い理由は下記。

1.ブータンの農業の父、ダショーと呼ばれた日本人・西岡京治氏(ブータン在住28年)のブータンの農業改革への多大な貢献
→これが一番大きいように思われます。

2.日本のODA援助、JICAや青年海外協力隊のブータンへの援助協力、技術協力
→日本はブータンにとって最大のODA援助国(無償援助と有償援助)でインフラの整備(道路やダム、橋、建物、下水等)や技術供与、教育支援、農業、農村開発等
→こういった日本の貢献を国民の多くが知らされている。

3.日本の皇室とブータン王室は緊密な関係
→平成23年(2011年)11月に国王夫妻が来日、それより以前、昭和天皇崩御の際に、大喪の礼参列のため、民族衣装「ゴ」の礼服姿で数人の供を連れて来日、ブータンも1ヶ月間喪に服しました。

日本からは、昭和62年に現皇太子殿下、平成10年に秋篠宮殿下が行啓。

4.日本製品がブータンで流通
→自動車、家電製品、農業機械等の日本製品がブータンで流通。日本製品の技術に対しての信頼も高い。

ブータンの農業の父である西岡京治氏に関しては後ほど言及させていただきます。

※ブータン南部諸問題※
ブータン南部にはネパール系の住民が多く住んでいます。1980年代後半から1990年代にかけて民族国家としてのアイデンティティを確立しようとする政府とネパール系住民との対立が深まり、約85000人が難民として国外脱出(主にネパールに)

他にインド北部のアッサム地方の過激派の反インド政府ゲリラ。
ブータン南部に彼らが侵入したのですが、反ブータンではなかったのでブータン政府は当初黙認していました。
しかし、ゲリラが基地を国内に建設したのに
政府はゲリラ基地を一掃する事を決定し、
2003年12月に全面的に戦闘に陥り、ゲリラを一掃しました。

【幸福度の高い国ブータンと言われているが、実際は?薬物汚染が広まり、失業者や犯罪率が増大?】

【幸福度の高い国ブータンと言われているが、実際は?薬物汚染が広まり、失業者や犯罪率が増大?】

AFPがブータンでの薬物汚染や失業率に関して現地レポしていましたが、それを見た方々の中にか欧米的な押しつけがましい目線と言っていた方がいましたが、果たしてどうなのでしょうか。

資本主義経済、貨幣経済が浸透してきている昨今のブータンにおいて状況は20年前と比べて大きく変わってきているのが実情です。
25年くらいまえの1人当たりの年間GDPは280ドルだった時代(つまり、国民は1日1ドル以下で生活していた)
今では10倍の2665ドル。それでも一人当たりのGDPは低いのが実情です。

ブータン国王が平成23年に訪日した際に、語った国民総幸福量(いわゆる幸せの指標、GNH。
これに関しては後術します。

若者は他の国々と同じように都市を好む傾向にあります。
そしてそういった若者達が農村を離れ離農、都市部へ職をもとめて流入。(1980年代、1990年代は逆に農業に従事する人々が増えていたのですが)
しかし、工業の発展していないブータンではなかなか産業が発展していないのが実情。なかなか職を得れなかったり、失職(失業)する人々も多いのが実情。(首都のティンプー市街地を散策時に目がイッテイル(キマッテる)若者達を見かけました=顔でヤクをやっているかどうか分かる。

そういった中、若者を中心に薬物(大麻、合成麻薬MDMA等)が出回り薬物中毒者を生み出しているのは事実です。また酒におぼれるアルコール依存症の人々も増えているのが実情。
調査の中では都市部にいる若者の2パーセント程が薬に手をだしているとのこと。ほとんどは隣国のインドから入ってきています。

すりや置き引きなどの窃盗も増えているのは真実です。

これらは、20年程前までは考えられなかったことです。

1999年(平成11年)まで外国の文化に洗脳されないようにテレビやインターネットを禁止していたブータン。解禁後に、若者を中心に欧米化も進んでいるのは実情。SNSも流行り様々な情報を得れるようになりましたが、20年前までは考えられなかった事が起きているのは事実です。

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