国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

親日(国)

【ブータンの対外関係は?】日本、インド、中国とは?

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【ブータンの対外関係は?】
ブータンは人口70万人、面積は九州より少し小さい国です。人口70万人といえば日本の地方の政令指定都市(熊本市、静岡市、相模原市、岡山市等)と同じくらいの人口です。

軍隊は志願制の陸軍で、総兵力は約1万人(ブータン王国軍約7,000人、ブータン国王親衛隊約2,000人、警察官約1,000人)。軍事費がGDPに占める割合は約2パーセント程度で、約1,700万ドル。

内陸国ゆえに海軍はなく、空軍もないのが実情。

小国ゆえに隣国のインドに安全保障をゆだねているのが実情。

ちなみにブータンは、非同盟中立政策をとり、
国際連合安全保障理事会常任理事国の
いずれとも外交関係を持っていないです。

現在、52か国、EUとの外交関係を結んでいます。
SAARC(南アジア地域協力連合)の加盟国で、
1971年には国連加盟。

※隣国インドとの関係は※
隣国インドとは深い関係ですが、
ブータンとインドは相互の国民が、
お互いの国を観光するときにビサ等必要なく、
身分証明書のみで大丈夫です。
また、ブータン国民がインド国内で
就労する際に法的規制はないです。

ブータン国内には数多くのインド人労働者
がいます。

※隣国中国との関係は※
中国とは国交を結んでいないブータン。

図で見ていただけると(ガイドさんからいただいたもの)
ブータン北部とブータン西部の点線の部分が中国共産党により
中国領と主張されている。
国土面積は、従来約46,500km2であったが、2006年に発表した新国境線では、約38,400km2にまで減少。

これに対してブータン政府は中国共産党政府に対して
抗議をおこなっているものの交渉は難航。

そもそもチベットは戦後に中国共産党が無理やり侵入し奪った
のですが。

政府は大国である中国と国交は結んでいないものの
争いをさける努力をしているのが実情。

国民の中国に対しての感情はこういった
問題もあり悪いです。

インドも中国と領土問題を抱えており、同じ立場ですので
ブータンの強い見方です。

※日本はどうなのか※

これは前述したとおり、ブータン人の対日感情は非常に良く
両国間で非常に良い関係が築けています。
ブータンの最大の援助国(資金、技術双方)は日本。

国民の対日感情が良い理由は下記。

1.ブータンの農業の父、ダショーと呼ばれた日本人・西岡京治氏(ブータン在住28年)のブータンの農業改革への多大な貢献
→これが一番大きいように思われます。

2.日本のODA援助、JICAや青年海外協力隊のブータンへの援助協力、技術協力
→日本はブータンにとって最大のODA援助国(無償援助と有償援助)でインフラの整備(道路やダム、橋、建物、下水等)や技術供与、教育支援、農業、農村開発等
→こういった日本の貢献を国民の多くが知らされている。

3.日本の皇室とブータン王室は緊密な関係
→平成23年(2011年)11月に国王夫妻が来日、それより以前、昭和天皇崩御の際に、大喪の礼参列のため、民族衣装「ゴ」の礼服姿で数人の供を連れて来日、ブータンも1ヶ月間喪に服しました。

日本からは、昭和62年に現皇太子殿下、平成10年に秋篠宮殿下が行啓。

4.日本製品がブータンで流通
→自動車、家電製品、農業機械等の日本製品がブータンで流通。日本製品の技術に対しての信頼も高い。

ブータンの農業の父である西岡京治氏に関しては後ほど言及させていただきます。

※ブータン南部諸問題※
ブータン南部にはネパール系の住民が多く住んでいます。1980年代後半から1990年代にかけて民族国家としてのアイデンティティを確立しようとする政府とネパール系住民との対立が深まり、約85000人が難民として国外脱出(主にネパールに)

他にインド北部のアッサム地方の過激派の反インド政府ゲリラ。
ブータン南部に彼らが侵入したのですが、反ブータンではなかったのでブータン政府は当初黙認していました。
しかし、ゲリラが基地を国内に建設したのに
政府はゲリラ基地を一掃する事を決定し、
2003年12月に全面的に戦闘に陥り、ゲリラを一掃しました。

【幸福度の高い国ブータンと言われているが、実際は?薬物汚染が広まり、失業者や犯罪率が増大?】

【幸福度の高い国ブータンと言われているが、実際は?薬物汚染が広まり、失業者や犯罪率が増大?】

AFPがブータンでの薬物汚染や失業率に関して現地レポしていましたが、それを見た方々の中にか欧米的な押しつけがましい目線と言っていた方がいましたが、果たしてどうなのでしょうか。

資本主義経済、貨幣経済が浸透してきている昨今のブータンにおいて状況は20年前と比べて大きく変わってきているのが実情です。
25年くらいまえの1人当たりの年間GDPは280ドルだった時代(つまり、国民は1日1ドル以下で生活していた)
今では10倍の2665ドル。それでも一人当たりのGDPは低いのが実情です。

ブータン国王が平成23年に訪日した際に、語った国民総幸福量(いわゆる幸せの指標、GNH。
これに関しては後術します。

若者は他の国々と同じように都市を好む傾向にあります。
そしてそういった若者達が農村を離れ離農、都市部へ職をもとめて流入。(1980年代、1990年代は逆に農業に従事する人々が増えていたのですが)
しかし、工業の発展していないブータンではなかなか産業が発展していないのが実情。なかなか職を得れなかったり、失職(失業)する人々も多いのが実情。(首都のティンプー市街地を散策時に目がイッテイル(キマッテる)若者達を見かけました=顔でヤクをやっているかどうか分かる。

そういった中、若者を中心に薬物(大麻、合成麻薬MDMA等)が出回り薬物中毒者を生み出しているのは事実です。また酒におぼれるアルコール依存症の人々も増えているのが実情。
調査の中では都市部にいる若者の2パーセント程が薬に手をだしているとのこと。ほとんどは隣国のインドから入ってきています。

すりや置き引きなどの窃盗も増えているのは真実です。

これらは、20年程前までは考えられなかったことです。

1999年(平成11年)まで外国の文化に洗脳されないようにテレビやインターネットを禁止していたブータン。解禁後に、若者を中心に欧米化も進んでいるのは実情。SNSも流行り様々な情報を得れるようになりましたが、20年前までは考えられなかった事が起きているのは事実です。

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ブータン滞在最後の晩餐(パロ市街地のレストラン)

This was the last dinner I stay in Bhutan at this time. I visited the local restaurant in Paro and ate Bhutanese food.

今回のブータン滞在最後の晩餐。パロ市内のローカルレストランで(モモを食べたレストラン)本当は、ホテルでの夕食だったのですが、ホテルの夕食が洋食なのでガイドさんがブータン料理を食べさせたいということでブータン料理を堪能。
手前が豚肉と大根を煮込んだもの(唐辛子で味付けして辛い)

真ん中が牛肉料理。美味でした。

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ブータンは親日国なのか?

【ブータンは親日国なのか?】
ブータンが親日国というのはネット等で出回っているので多くの方々が周知なのですが、そもそも何故親日なのか?はっきりとした理由がわからない方々は多いと思います。

ネットで出ている情報にはどこから仕入れてきた情報なのか分かりませんがガセネタも多くあるのは事実(左右関係なく)。それにおどらされている日本人も多くいるのが実情。(日本だけにいたのでは真実は見えてきませんよ)

私は直接海外に渡航して調査をして証拠撮りもしています。
長期留学により英語を習得、世界各地を周り(渡航歴64か国、海外4か国居住経験もある。調査渡航も含めれば海外7年在住)、世界100カ国以上数十万人の外国人との直接交流、聞き取りにより真実が見えてきます。

近い将来、世界の親日国と題して、自己で撮影した写真と聞き取り調査した情報をもとに本を出します。

ブータンは、しばらく滞在して多くのブータン人と接して、聞き取り調査もし、やはり親日国です。

それでは何がブータンを親日国にさせたのか。
要因は下記です。

1.ブータンの農業の父、ダショーと呼ばれた日本人・西岡京治氏(ブータン在住28年)のブータンの農業改革への多大な貢献
→これが一番大きいように思われます。

2.日本のODA援助、JICAや青年海外協力隊のブータンへの援助協力、技術協力
→日本はブータンにとって最大のODA援助国(無償援助と有償援助)でインフラの整備(道路やダム、橋、建物、下水等)や技術供与、教育支援、農業、農村開発等
→こういった日本の貢献を国民の多くが知らされている。

3.日本の皇室とブータン王室は緊密な関係
→平成23年(2011年)11月に国王夫妻が来日、それより以前、昭和天皇崩御の際に、大喪の礼参列のため、民族衣装「ゴ」の礼服姿で数人の供を連れて来日、ブータンも1ヶ月間喪に服しました。

日本からは、昭和62年に現皇太子殿下、平成10年に秋篠宮殿下が行啓。

4.日本製品がブータンで流通
→自動車、家電製品、農業機械等の日本製品がブータンで流通。日本製品の技術に対しての信頼も高い。

ブータンの農業の父である西岡京治氏に関しては後ほど言及させていただきます。

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タクツァン僧院近くのカフェでの昼食

I ate lunch at cafeteria at the half point to taktsang with my guide.The food here is really delicious.
タクツァン僧院から戻る道中2800メートル地点のカフェにてブータン人ガイドと昼食。美味でした。特に大根とジャガイモが。

下りは楽ですね。でも太ももや膝への負担は登りよりも大きいですが。

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ブータン・パロ・ガテンパレスホテル

I stayed in Gantey palce hotel in Paro in Bhutan. This hotel was the palace before and renovated to the hotel.

ブータンのパロではガンテパレスホテルに宿泊。
元々、ここら辺を治めていた行政官の居城(屋敷)だったものを改装してホテルにしたものです。

昔ながらの建物で趣があり、小高い丘に建っており景色も綺麗で素敵なホテルです。
行政官の居城だった時は、三代国王もよく訪れていたとこです。

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ブータンのモモとビール

I ate momo(dumplings) with Bhutan beer Druk11000 in the local restaurant in Paro in Bhutan. Druk11000 is one of the Bhutan beer which is super strong beer 8percent. 」

ブータンのパロの目抜き通りにある地元民に人気のローカルレストランでモモ(餃子)とブータンのビールDruk11000を堪能。
ビールのアルコール度数は8%とのことで、今までで一番アルコール度数の高いビールを飲みました。

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ブータン・パロのレストランの従業員

I ate dinner at hotel in Paro and took a picture with these Bhutanese staff in the restaurant.パロのホテルに宿泊。ホテルのレストランでの夕食。ブータンの伝統衣装を着るレストランのブータン人従業員達との記念撮影。
入ってきたときに、ぱっと見ブータン人にみえたようです。他の場所ではブータン語で話しかけられたり。
色が黒くなったからブータン人っぽく見えたのかな。
現地に同化、現地人から同じように見えるのは嬉しいものです。

世界を渡り歩くうえで重要なことは、郷に入っては郷に従うということです。

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ブータン・パロの市場

ティンプーからパロに移動し、パロの市場に来ました。ブータンの野菜は基本的に有機農法です。新鮮で安全な野菜が売られています。
この国では50年ほど前まで遅れていたブータンの農業の改革に取り組んだ1人の日本人がいます。西岡さんと呼ばれる男性でブータンの農業改革のために多大な尽力をした方でブータンの人々から今でも尊敬されています。(西岡さんは1964年にブータンに赴任し、28年間ブータンに住まれた方です。1992年にブータンで亡くなりました)

西岡さんに関してはブータンにお墓がありますので、ブータンを出るまでにお墓参りできればと思います。
その写真と共に西岡さんの功績を伝えさせて頂きます。
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パロの市場!野菜を売るブータン人女性と記念撮影
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ブータン・パロ・ブータン人のお宅訪問

パロ市内のブータン人の民家を訪問。旅行会社に頼めばホテルではなく民泊も出来ます。三階建ての家です。
外見は新しくみえますが、中は古い感じです。
子供が壁にドラえもんの落書きをしていましたが、この国でもドラえもんは人気のようです。

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