国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

西欧(西ヨーロッパ)

フランス・ニース・トラック突入!80名以上が犠牲!現地渡航経験者

【またしてもイスラム過激派か??】こないだのダッカでのテロ事件以降、イスラム過激派によるテロは世界で展開されると思っていましたが。フランスのコートダジュールの中心地のニースでチュニジアとフランスの両国籍保持者による犯行!トラックで花火見物客にトラックが突っ込み80名以上が死亡!

亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
ニースは4年前に訪問しました。現地には2泊したのですが、海岸から1キロ、鉄道駅の南側にある宿に宿泊してニース市街をくまなく散策して撮影。
今回、現場となった場所は海岸沿いのロムナード・デ・ザングレと呼ばれる海岸沿いの道。ちょうど自分が映像で立っている現場付近です。フランス人だけでなく世界各地から観光客が訪れる世界で知られている国際海洋保養都市です。
今後も、イスラム過激派による犯行がおこなわれるでしょう。イスラム系の国、イスラムの移民が多く入り込む国に行く際は注意が必要です。

世界の車窓から!欧州の路面電車(トラム)

欧州諸国では路面電車がいまだに走っており人々の足になっています。特に地下鉄がない地方の中規模都市では貴重な交通手段です。
スウェーデン、スイス、フィンランド、スペイン、ポーランド
、ハンガリー、エストニア、ラトビア、クロアチア、フランス10か国11都市の路面電車を撮影収録

JFN加盟36局ネット/ラジオ番組ON THE PLANET(2016年3月7日放映)出演!世界の電車事情に関して!

・JFN加盟36局ネット/ラジオ番組ON THE PLANET(2016年3月7日放映)に専門家として出演
(海外の電車事情に関して)
ラジオパーソナリティー:テッド・ワダ
国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト大川原 明!言及!

世界の電車事情に関して言及。スペインの夜行寝台電車ホテルトレインとは!?

今までに世界数十か国で鉄道を利用してきた自分です。
有名なものでは欧州の高速列車、X2000,タリス、ICE,AVE、アルファベンド­ゥラール、TGV、ユーロスター、ユーロスターイタリア、フレッチャロッサ、RJ。他­に欧州内やタイ、マレーシア、インドにおいて寝台夜行電車+ローカル電車も利用。
電車の旅も面白いものです。

スペイン国内を縦横無尽に走るホテルトレイン!まるでホテルの夜行電車とは!?

日本では廃れてしまった夜行寝台電車。しかし、世界各地には寝台夜行電車が走っている­国々は未だに多いです。今回は、スペインの豪華絢爛な夜行寝台電車ホテルトレインをご­紹介いたします。

スペインを周遊旅行される際に、ぜひ乗ってほしいのが夜行電車。なぜなら、スペインで­は通称“ホテルトレイン”と呼ばれるほど、内装も豪華で優雅な旅が出来るのです。もち­ろん、車内には食堂車も完備。スペイン国内だけではなく、マドリッドとポルトガルの首­都結んでいるものもあり、夜行電車で国境を超えるという、稀有な経験も出来るのです。
2014年9月に2年ぶりにスペインのバルセロナを訪問した。(三回目)
その際に、世界遺産ア­ルハンブラ宮殿がある事で有名なグラナダをバルセロナから再訪­­したが、ホテルトレイン­と呼ばれる電車を利用した。
ホテルトレインと呼ばれるだけあって、寝台の夜行電車であ­る。食堂車がついており食­­事も出来る。行きは座席、帰りは寝台電車にした。多くの人々­が利用していた。

スイス・ジュネーブ・レマン湖畔!日本犬(柴犬)発見!世界で人気が出てきている日本犬?

平成26年(2014年)9月、2年ぶりにスイスを訪問。チューリッヒは2度訪問した­­­­­ものの、ジュネーブは初めて訪問しました。
ジュネーブといえばレマン湖が有名ですが、そのレマン湖畔で、日本の犬である柴犬(日­­本犬)を散歩している女性を見かけました。
日本人の血が入っていそうなフランス系スイス人女性が散歩しておりました。
柴犬は、国の天然記念物に指定された7つの日本犬種(現存は6犬種)の1つで、指定は­­1936年(昭和11年)12月16日。存6犬種中唯一の小型犬種だが、飼育頭数は­最­も多く、日本犬の代表格ともいえます。
国内ではもちろんの事、海外においても人気を博しているようです。

オーストリア・ウイーン・シェーンブルーン宮殿内の日本庭園!サラエボ事件で殺害されたオーストリア皇太子(日本通)が造営指示! 世界中で大人気の日本庭園!

日本人必見!!オーストリアのウイーン!かつて中世にヨーロッパに覇を唱えたハプスブ­ルク家が居を構えていた土地である。(元々はスイスの小領主出身)
シェーン­ブルン宮殿には日本庭園があります。これは大正2年(1913年)にフラン­ツ・フェルディナント大公(サラエボ事件で殺害されたオーストリア皇太子)が日本訪問­から帰国後造営させたもので、オーストリアの庭師に見よう見まねで作らせたも­のであ­ります。
1892年、約1年の歳月をかけて世界一周の見聞旅行に出かけ、その途上で日本を訪れ­ております。
この時、フランツ・フェルディナント大公(オーストリア皇太子い)は日本の風物や伝統­文化などを詳細に手記に記しており、これは後にまとめられて出版されています。
オーストリア皇太子の日本日記という題名で講談社学術文庫から翻訳されて日本でも発売­されております。

皇太子は「海外を見聞してみたい」と思うようになっていきました。
1891年、ロシア皇帝と謁見しにペテルブルグを訪れたのがきっかけになったようです­。「異質な国民、民衆、文化、民俗についての知見を獲得し、異国の芸術を鑑賞し、さら­には、汲めども尽きない異郷の地の自然に肌で接したい」と思うようになった皇太子は、­世界一周の見聞旅行に出かけます。そして、その訪問先の1つが日本だったのです。
熊本、下関、宮島などを経た後、京都、大阪、奈良、大津などを訪問。
その後、東京に赴き、明治天皇に謁見。政府から大歓迎をうけもてなされました。
日光東照宮も訪問し、そこでは、かつての会津若松藩主であり、宮司になっていた松平容­保公に迎えられました。(薩摩、長州等主体の新政府からはよくは思われていませんでし­たが)

ちなみに松平容保公の曾孫である徳川恒孝氏は養子で徳川宗家に入り、徳川宗家18代目­の当主となられたわけですが。奇遇にも18代目当主のご長男(家広氏)の方とは、当方­は仕事でお会いした事がございます。

大正2年(1913年)に、日本の庭園が忘れられなかったオーストリア皇太子がオース­トリアの庭師にみようみまねで造営させました。
その翌年、ボツニアのサラエボにてセルビア人青年により、オーストリア皇太子は暗殺さ­れました。(サラエボ事件)
それにより第一次世界大戦勃発!!そして敗戦!
オーストリア=ハンガリー帝国崩壊後は日本庭園は荒廃し、誰ともなしに「アルプス庭園­­」と呼ばれるようになったが、平成8年(1996年)にここを訪れた日本人が日本庭­園ではないかと­指摘により発覚。

その後調査が進められた結果、手水鉢と思われる石など見つかり、日本庭園と­いうこと­が断定されました。
これを受け平成10年(1998年)、日本から庭師を招いて枯山水の日本庭園­として­修理復元されました。

親日国イタリア・ローマ・トレビの泉近くのジェラート屋でナカタ(中田英寿)味のジェラート

日本人必見!イタリア・ローマのジェラート屋でNAKATAジェラート?
平成26年(2014年)8月に2年ぶりにイタリアのローマを訪問しました。
ローマ市内のトレビの泉近くのジェラート屋で日の丸を発見しました。
名前ですが、その名もナカタ!!です。ナカタは今もなおイタリアで人気です。
味は、バニラとイチゴを混ぜたものです。ナカタと命名した理由をイタリア人の先ほどの店員に聞いたのですが、何となくこれがナカタの味だと思ってつけたとの事です。他のジェラート屋にはないと思いますが。適当なイタリア人らしいですね。
バニラは白、苺は赤、日の丸色ではありますが。
そう思ったら、他の名前がついているのをナガトモ!!ホンダ!!といいはじめウケました。
サヨナラ、アリガトウ、マタネ、などカタコトの日本語出来る店員は非常に多いですね。

世界一周動画!第一弾!マルタ共和国!

52分の新動画アップ!こないだ訪問したマルタ共和国の動画をまとめて編集した52分の旅動画を作成。出発から帰国までを事細かに紹介。デロップをいれております。
これでマルタ共和国観光が丸わかりになる動画です。是非、ご覧ください!
ラバト、イムディーナ、コゾ島、ヴァレッタ、青の洞門、マルサシュロック、スリーシテ­­­ィーズ等を訪問。
ホテルはスリーマ地区にある4つ星のホテルであるウィンザーホテルに宿泊しました。
セントジュリアンの方面にも散策。
航空会社は、エミレーツ航空利用し、成田からドバ、キプロス経由でした。
マルタ共和国は、南ヨーロッパの共和制国家。イギリス連邦および欧州連合(EU)の加­­­盟国である。公用語はマルタ語と英語、通貨はユーロ、首都はバレッタ。地中海に位­置­す­る島国です。
イタリアのシチリア島から船で行くことも出来ます。
イタリア・シチリア島の南に位置する。面積は316km²で、東京23区の面積622­­­.99km²の半分の大きさである。
カルタゴ、共和政ローマ時代に既に地中海貿易で繁栄し、その後一時イスラム帝国の支配­­­に入ったこともある。それに抵抗して戦ったマルタ騎士団がこの土地の名前を有名に­し­た­。
小型犬のマルチーズの発祥の地であり、マルチーズの名はマルタに由来する。
日本との関係
1862年、1858年に英仏など5カ国と個別に締結された修好通商条約の修正を求め­­­て派遣された文久遣欧使節団が訪問している。
1917年6月11日に大破した駆逐艦榊の59人の戦死や傷病による戦死者の「大日本­­­帝国第二特務艦隊戦死者之墓」がある。
1921年4月、皇太子時代の昭和天皇が訪問している。
マルタは地中海の中央部、シチリア島の南約93kmに位置する。主要な島はマルタ島と­­­ゴゾ島、コミノ島の三つである。海岸線が変化に富むため良港が多い。地形は低い丘­陵­や­台地からなり、最高地点はマルタ島内の標高253mの丘陵である。
気候は地中海性気候のため、冬は温暖で雨が多く、夏は暑く乾燥している。

2015年12月3日~12月10日 欧州の小国マルタへの訪問

2015年12月3日~10日まで欧州の小国でイタリアのシチリア島の南側にある
小さな国マルタ共和国へ初訪問。

成田空港から出発。
マルタ行き航空会社は、エミレーツ航空です。
中東のUAEのドバイ乗り継ぎ、キプロスのマルナカ経由でマルタに。
目的地まで2回も経由するのは、14年程前、学生時代に学校のセミナー旅行以来です。
あの時は、成田からSK《スカンジナビア航空》利用し成田→デンマークのコペンハーゲン→ノルウェーのオスロ→ノルウェーのトロムソに行って以来。1日がかりで目的地に到着。
合計で7日間の旅ですが、現地4泊+機中2泊の計6泊7日です。
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マルタ内では主要な観光名所を訪問しました。
訪問した場所は、イムディーナ、ラバト、スリシティーズ城塞都市ヴィットリオーザ、天然の見晴台セングレア、騎士団長の宮殿
アッパー・バラッカー・ガーデン、聖パウロ教会、ハジャーイム宮殿、マルサシュロック、青の洞門、コゾ島観光

マルサシュロックの港
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アズールウィンドー
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料理は、マルタ料理満喫。
マルタ風ローストビーフ、マルタ風ソーセージ、メカジキのグリル、シーフードプレート、ピーマンの肉詰め、リコッターチーズのラビオリ等を堪能。

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