国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

モスク

ブルネイ・バンダルスリブガワン・夜のオールドモスク!!

ブルネイの首都のバンダルスリブガワンにあるオールドモスク。
市内中心に泊まりましたが、市­街地にあるオールドモスク(スルタン・オマール・アリ­・サイフディン・モスク)を訪れ­­ました。

昼も良いが夜のライトアップされたモスクが格別に綺麗で見とれてしまった。
スピ­ーカーから流れるアッラーの掛け声と共に異国情緒を楽しみました。
このモスクは1958年に完成した2階­建­て、高さは77メートル、幅26メートル­のモスクであります。
その総工費はなんと50­0万USDだそうです。
曜日や時間帯によってはイスラム教徒以外でも中に入れます。

ブルネ­イ王­国!ブルネイと聞くとどこ??という日本人が多いかもしれない。あまり­日本人に­とって馴染みがないところかもしれない。
しかし、意外にもこの国と日本は密接な関係に­あります。­
この国は立憲君主制で王様がいるがブルネイ王室と日本の皇室は非常に仲が良い­です。
そして貿易面になると、この国でとれる石油や天然ガスのほとんどを日本が輸入してい­­ます。
ブル­ネイにおいては8割~9割が日本車であります。トヨタ、日産、ホンダ、三菱、マ­­ツダ、スズキ、ダイハツ、いすゞ等の車を見る事が出来ました。
電化製品も日本製が多かった­です。
ソニーや­パナソニック、ダイキン等。ゲームセンターも訪れたがほとんどが日本製で­­した。

ブルネイ北部は昔から大陸、インド、アラビアを結ぶ貿易ルートの寄港地であった。15­­世紀には当時の国王がイスラム教に改宗し(アラブの人々との交流が起因)、イスラム­を­­人々に布教する事により、国土を広め、最盛期にはボルネオ島全域とフィリピン・­ミン­ダナオ島まで支配しました。
16世紀以降 ポルトガルやスペイン等の欧州諸国と交流するようになるが、フィリピンを植民地化した­­スペインとの争いにより18世紀にはほとんどを占領されてしまいます。

1888年にブルネ­­イはイギリスの保護領となる。太平洋戦争中に日本軍が1942­年~終戦まで占領した­。日本軍が駐留し、多くの日本人がここに住んでいました。
ブルネイ港は軍港としても機能し­、­連合艦隊の主力が停泊したこともあった。
有名な所では、1944年のレイテ沖海戦­における栗田艦隊はブルネイから出撃しまし­た。
日本人にとっても感慨深い場所である。マレ­ーシ­アと同じように主要民族派マレー人­、そして中華系、インド系も多く住みます。
個人所得税はなく医療費、教育費は無料、­電気、水道等の公共料金も安い。そして物価­は安い。
治安は東南アジアでもシンガポールと同じように非常に良い国である。び­っくりしたの­が、横断歩道で待っていたら多くの車が止まってくれるではないか。日本や­シ­ンガポ­ール以外のアジア諸国ではあまり見られない光景である。それだけ心が豊かで­ゆとりが­あるのだろうか。

人口は40万人弱で三重県ほどの大きさで、そこまで見所があ­るわ­けではないので、­2泊~3泊でも充分周れる。周りのミリやコタキナバルへバスや­飛行機が出ており、拠­点としても使える。

コソボ・プリズレン市のオスマントルコ朝時代に建てられた石橋とモスク

コソボ・プリズレン旧市街のオスマン朝時代に建てられた石橋とモスクです。
山の上には城塞があります。もう1泊滞在しようとした理由はこの美しさにあります。
素晴らしいです
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平成26年(2014年)7月~9月 3度目の欧州周遊旅行時に撮影
コソボのプリズレンにて 8月10日

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