国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

海外見本市

【海外の市場】ブータン・ティンプー「王制100周年記念市場」

市街中心部の北東を流れる川沿いにある「王制100周年記念市場」は、ブータンで最大&最古の市場です。貨幣経済が浸透が遅かったブータンですので、最古といっても50年程の歴史しかありません。かつては、簡素な屋根付き露店市場でしたが、王制100周年を記念して2階建てのビルに生まれ変わりました。
市場にあるのは生鮮食品が中心ですが、米や香辛料、ソーセージ等の加工食品まで売られています。米は日本から持ち込んだ品種もありますが様々な種類の米が売られています。

ちなみにブータンは南部の最も低い標高100メートルから、北部の最も高い標高7561メートルまで、7400メートル以上の高低差があります。寒帯、温帯、亜熱帯の気候区分に分かれています。南部の亜熱帯地域ではバナナなどの熱帯、亜熱帯の果物が生産されています。市場にはブータン南部で生産された果物が売られています。

親日&幸福度の高い国として知られるブータンへ。
現地踏査。

調査内容は下記。
・ブータンの親日度合
・ブータンの国民の幸福度合
・ブータンの伝統文化風習
・ブータンの食事
・ブータンの対外関係
・ブータンの諸問題」

ブータン航空にてインドのカルカッタ経由でブータンへ。

機材は、LCCで多用されるエアバス320の兄弟機、エアバス319で3-3の配列。小型ジェット機です。

ブータン航空の保有機材は4機のみ。
1機はプロペラ機。あとの3機はエアバス319です。かつては小型のプロペラ機のみの運行である意味、秘境への飛行機という雰囲気があったようです(揺れを考えるとジェット機のほうがよいですが)

高所になりますので高山病にかからないかが少し心配でそたが問題ありませんでした。

政府に払う税金の行程料金が1日200~250USDかかるのでどうしても高額なツアーでした。

公務や商用目的以外での個人での入国は基本的に出来ないので、必ず旅行会社を通し、パッケージに申し込まねばならないです。

自然が豊富で眼の保養になる国です。

国民の幸福度GNH(Gross National Happiness)が高い国と
して知られるブータン。
何が国民を幸福と感じさせているのでしょうか?

これには様々なものがあると思います。

1人当たりのGDPは年間2700ドル程と経済だけをみれば後発開発途上国の部類に入りますし、ブータン人の平均寿命も70歳に満たない。(昔に比べ医療技術進歩したので平均寿命も伸びている)
インフラや福祉が整っているといえばそうでもない。
娯楽産業も多くない。
日本のように様々な国の料理が食べられるわけでもない。

皆さんが幸せを感じる時はどんな時でしょうか?
お金があるということは確かに幸福のうちの一つなのでしょうが。
お金があればいろいろな事が出来るのは事実。
健康でない人からすれば五体満足の健康な人々が幸せに見えるものです。
順風満帆の人生、自分の希望の進学、就職、結婚相手、恋人、満足のいく結婚生活、社会的地位の獲得、収入、名誉、名声、自分の好きな事をしている、趣味が充実、人間関係がうまくいっている、夢や目標達成、容姿端麗、体格が良い等。

それではブータンの人々はどんな所に国民が幸せを感じるであろうか?
これは様々な人々への聞き取りや自らの目で見てきて調査
した結果で私的に思うことでもありますが・・・

一番は、ブータン国民の心の持ちようなのかもしれません。(宗教的、民族的側面)

ブータンというのは敬虔な仏教国(チベット仏教系)。
信心深いブータン人は寺院に頻繁に参拝します。そして平和や幸福を願っています。

嫌な事や不幸な事があっても物事を明るく考える。
常に自分が幸せだと考え定義づける。

ブータンの政府は2年ごとに国民に調査をおこなっているのですが、

GNHは

1.心理的幸福、2.健康、3.教育、4.文化、5.環境、
6.コミュニティー、7.良い統治、8.生活水準、
9.自分の時間の使い方の9つの構成要素からなっています。

※病院や水道、学校は一部をのぞいて無料。
→ここも国民の幸福度の要因となっています。

他にブータンは自然が豊富な国で大自然の中での生活。そして国の宝ともいえる自然環境保護には積極的です。
ここも国民の幸福度の要因になっていると思います。
※日本では東京などの大都市では便利で楽しい反面、人工的なストレスも多く、日本の企業はより厳しい社会であるので会社内でのストレスも受けやすい。

GDPで計測できない項目の代表例として、1の心理的幸福が挙げられます。
正・負の感情

★正の感情  1.寛容、2.満足、3.慈愛
★負の感情  1.怒り、2.不満、3.嫉妬

すなわり正の感情が強く、負の感情が低ければ幸せ度数が高いのです。ブータン国民は正にそれに値すると思います。

経済も発展し、インフラも整い、社会保障の充実した先進国の中では日本も含めてうつ病患者が多いのは事実です。日本も江戸時代まではうつや神経症などの病気はほとんどなかったものですが、明治維新、開国により欧米も文化が流入し、戦後は焼け野原からの高度経済成長による発展。物質的には豊かにはなったものの
反面、病んでいる人々も多いのが実情。

ブータンもそうなのですが、いわゆる熱帯の発展途上国の中には自殺者、うつ病者が少ないのが実情です。
それはやはり、人々の心の持ちようなのだと。タイでもマイペンライという精神がありますが、嫌な事があってもすぐに忘れる、気にするなという精神は感心できるものです。

どこの国とはいいませんが、日本の隣国には下記にある正の感情が弱く
負の感情が強い国がありますが、海外にいて出会うそれら人々の顔を見ているとそれらが顔や表情にでています。(数多く接してきた私ですが)

★正の感情  1.寛容、2.満足、3.慈愛
★負の感情  1.怒り、2.不満、3.嫉妬

人間が幸せに暮らす過程で
正の感情を強めて、負の感情を弱める事が重要だと思います。

ブータンにきて実感いたしました。
ブータンでは前述した闇の部分もあるのですが、国民の多くは自身が幸せであると思っています。

ブータンの人々は自国、民族の誇りがあり、自然や生き物を大切にする。そして感謝の気持ちがあります。
そして正直で発展途上国にありがちな人を騙すという事をする人々は非常に少ないです。
殺人の犯罪はほぼ皆無に等しく、傷害も年間200~300件程度。

日本は世界的にみて素晴らしい国(これは世界の多くの国々が認めている)ですが、資本主義経済が浸透し、金のためなら手段をいとわない銭化け亡者や人を騙してお金をとる詐欺師も少なからずいるにが実情。

今一度、日本人は自らの民族を見つめなおす時がきているのではないかとブータン渡航して実感しました。

インド・デリー・オールドデリー(旧市街)をリキシャで巡る!

インドのデリー。ニューデリーは開発が進み綺麗な街並みなんですが、オールドデリーは古い町並みが残っています。
喧騒感に満ちたオールドデリー散策は非常に刺激があります。

徒歩での散策もよいのですが、サイクルリキシャに乗って街を巡るのもよいでしょう。
日本の人力車が起源のサイクルリキシャやオートリキシャ。

インドは経済発展著しく、ここ10年、20年で非常に変わっています。インフラは整いはじめ、高層ビルもたちはじめ。物価もかなり高くなりました。
デリーはインドの首都ですので、ニューデリーを中心に開発が進んでいます。ニューデリーは想像以上に小奇麗でびっくりしましたが、オールドデリー最寄りの駅について降りた瞬間!インド!と思いました。雰囲気がニューデリーと違います。
この生臭い雰囲気はいつまでも残ってほしいですね。

タイ・チェンマイ・ナイトバザール

10月中旬にタイのチェンマイを再訪。その際に利用したナイトバザール。
ナイトバザール内には数多くの飲食店やマッサージ屋、お土産屋があります。
ここでタイ料理を満喫し、買い物を楽しみ、マッサージにて疲れをとる。至福の一時を過ごす事が出来ます。

チェンマイは、チエンマイ県の県庁所在地(ムアン)でもある。ラーンナータイ王国の首都として、メン­­­ラーイ王により1296年4月12日建造された。王国の首都として古くから発展し­、­ラ­ーンナータイ王国が廃止された現在でも北部の文化・経済の中心である。人口で­は東­北部­のナコーンラーチャシーマーを下回るが、その歴史の長さや都市の格から、­一般に­バンコ­クに次ぐタイ第2の都市とされている。
ランナータイ王国の首都は、もともとチエンラーイであったが、メンラーイ王によってグ­­­レゴリオ暦で1296年4月12日午前四時をもって公的にチエンマイに遷都された­。­こ­の日時は宮廷の天文学者や占い師が選定した時間である。このときスコータイか­らラ­ーム­カムヘーン王を呼び、パヤオからはガムムアン王を呼んで、都市計画を練り­上げた­、この­為、都市の建設の様式にスコータイ的な要素が混ざり、それまで、ラー­ンナー世­界で一般­的だった川沿いに都市を建てる様式(チエンセーン、チエンラーイ­など)とは­違い、川か­ら少し離れた場所に碁盤の目状に建てられている。なお、現在­残る市街地の­城壁がこのこ­ろのマンラーイの時代の遺跡なのかメーク王の時代の遺跡­なのかは分かっ­ていない。
チエンマイの建設には以下の要因があった。まず、北にあった元の侵攻を避けること、コ­­­ーク川に面したヨーン地域にアクセスがよく、北上すればすぐマンラーイの母体であ­っ­た­ヨーン地域の支配に不便でなかったこと、またチエンマイは、ピン川の上流にあ­りピ­ン川­はチャオプラヤー川、またその向こうのタイランド湾に通じており、中国と­の貿易­に有利­であった。
その後、チエンマイはラーンナー王朝の首都として発展を遂げたが、ラーンナー王朝は1­­­558年ビルマのタウングー王朝により属国化された。ただし、征服者のバインナウ­ン­は­引き続きチエンマイをラーンナー地域の首都とした。1701年にはラーンナー­地域­はチ­エンマイを中心とする南部地域と、チエンセーンを中心とする北部地域に分­けられ­、チエ­ンマイは南部地域の首都となった。
18世紀後半には、ビルマの求心力が低下し、ラーンナー地域は内乱状態に陥り、178­­­0年までにチエンマイは疲弊し瓦礫と化した。一方カーウィラは1796年に、チエ­ン­マ­イに残っていたビルマ勢を一掃し、チャクリー王朝の後援の元、チエンマイを再­興し­た。­これが現在のチエンマイの骨格となっている。その後、1899年、チエン­マイは­君主を­かかえたまま、内務省の下位の行政組織、郡(アムプー)となった。

【現地ルポ】フランス・パリ・ジャパン・エキスポ!日本大人気!

3年前訪問時に現地撮影動画。動画を組み合わせ編集。30分弱の現地撮影ドキュメンタリー番組になります。
会場外、2時間待ちの券売り場、友人が、スタッフとして働いていたので、話しを伺いました。
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