国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

世界の建築物

アキーラさん世界見聞録!世界1周総集編映像!第4弾!東欧・ブルガリア共和国!

平成28年(2016年)8月23日~31日にブルガリア政府観光庁の招待旅行(ファムトリップ)に参加しました。ブルガリアは平成24年(2012年)7月に訪問して以来2回目の訪問です。前回はソフィアだけですが、今回は、多くの都市を訪問しました。

訪問した都市は、ソフィア→プロヴディフ→シプカ峠付近→カザンラク→カルロヴォ→ヒサリャと訪問。ソフィアからブルガリア中部を周りました。政府観光庁がミニバスを手配してくれたので、それに乗り、日本に13年間住んでいたブルガリア人の日本語ガイドの方に案内してもらえました。

ブルガリアは、東ヨーロッパの共和制国家です。 バルカン半島に位置し、北にルーマニア、西にセルビア、マケドニア共和国、南にギリシャ、トルコと隣接し、東は黒海に面しています。首都はソフィアです。住民は、 スラヴ系のブルガリア人が83.9%、トルコ人が9.4%、移動型民族のロマ人が4.7%。

ブルガリアの料理は、周辺のバルカン半島諸国と類似するものが多く、ひき肉料理や煮込み料理、シレネと呼ばれるヤギの乳からつくられるチーズ、ヨーグルトなどが代表的。ヨーグルトに相当する醗酵乳食品は他の国にも存在するが、ブルガリアのヨーグルトが日本のみならず世界的に有名になっている。これはロシアの微生物学者イリヤ・メチニコフが、ヨーグルトは長寿に効果があるとしてヨーロッパ中に広めたからである。

総集編映像は下記をご覧ください。

【日本統治時代の痕跡】親日.台湾・台中にある宮原眼科(日本統治時代に開院)

【日本統治時代の痕跡】日本統治時代に台中にて日本人がやっていた眼科である宮原眼科。統治時代の建物はそのまま残っています。(補修はしている)台中の駅近くにあります。

現在は、人気菓子店である日出が営業。隣は、系列のアイスクリーム屋である第四信用合作社があります。ここのアイスクリーム屋でアイスを食してみました。台湾で獲れるマンゴー、日本からの巨峰味です。トッピングは3つまで選べます。

費用は、185元。日本円で600円程です。
宮原眼科にちなみ、宮原の名前が入ってます。

喧騒溢れるインド最大の都市「ムンバイ」で訪れるべき5つの場所

WEBの旅メディアたびねすに旅記事寄稿!今回のお題は、喧騒溢れるインド最大の都市「ムンバイ」で訪れるべき5つの場所
世界第2位の人口を有する熱気に満ちた国インド。インド最大の都市であるムンバイは、人、車、バイクが非常に多く、活気に満ちています。イギリス植民地時代の名残とインド独特の雰囲気が混ざったカオスな雰囲気を感じ取る事が出来る都市です。
今回は、世界遺産の鉄道駅やリアルなインドが垣間見れる屋外洗濯場などムンバイ市内で絶対に外せない見所とムンバイ湾に浮かぶ世界遺産のエレファンタ島の石窟群をご紹介いたします。

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台湾・花蓮・松園別館の琉球松(日本統治時代建立=高級将校休憩所)!

花蓮にある日本統治時代の痕跡】花蓮市内には日本統治時代の関連物がいくつかありますが、そのうちの一つがこの松園別館です。戦中昭和17年(1942年)に日本軍により軍事指揮センターと高級将校の休憩所とし造られました。

場所は花蓮の港と海を一望できる小高い丘にあります。神風特別攻撃隊の出征前に攻撃隊はここに集い、天皇陛下よりの御前酒がふるまわれました。

また、敗戦後、日本人将校がここで自決しました。その後、ここを訪れた人々が将校の亡霊をみたという目撃証言が相次ぎました。
しばらく放置されていたのですが、2002年に花蓮歴史建築物として登録され、2006年より一般公開されています。

今では、建物内部で芸術作品も展示されており、多くの台湾人が訪問する場所となっており、若者達のデートスポットにもなっています。

モンゴル・ウランバートル・チンギスハーン(スフバートル)広場!

ウランバートル市内のスフバートル広場。チンギスハーン像があり、チンギスハーン広場とも呼ばれます。広場の周囲には政府宮殿、モンゴル国立オペラ劇場、ウランバートル中央郵便局、モンゴル証券取引所などが並んでいます。

これらの建造物は先の大戦終結後、旧ソにより抑留された旧日本軍兵士の捕虜たちによって作られたものが多いです。
ウランバートルは20年くらい前に、60万人弱だったのですが、今では120万人程に。地方から移住してきた人々により、ここ20年で倍になりました。
21世紀に入り、多くの高層ビルが建てられて、車も増えて近代化されています。

車の増加により、交通渋滞が慢性化しています。また、PM2.5の公害問題もあります。インフラの整備や公害対策もこれから改善していかねばならないようです。

チンギスハーン広場は2013年までスフバートル広場と呼ばれていました。スフバートルは、1921年のモンゴル革命の際の英雄で、モンゴルの人々に尊敬されている人物です。スフバートルの銅像が広場の北側にあります。同じ広場内にあるチンギスハーンの像と共に観察してみてください。

チンギスハーンといえば世界に覇を唱えたモンゴル帝国の初代皇帝です。モンゴルの遊牧民諸部族を一代で統一し、中国北部、中央アジア、イラン、東ヨーロッパなどを次々に征服し、大帝国を築きあげました。モンゴル帝国は、日本にも2度も侵攻(元寇)し、日本人にも馴染み深いです。

モンゴル人は、チンギスハーンを民族の誇りとして崇拝しています。それなので、結婚式の際に、多くの新郎新婦がチンギスハーン広場を訪れ、記念撮影をしています。外国人観光客だけでなく、モンゴル人にとっても人気の場所です。

酪農王国!ブルガリア・ソフィアで訪れるべき場所5選

旅メディアたびねずに旅記事寄稿!今回のお題は、酪農王国!ブルガリア・ソフィアで訪れるべき場所5選

ブルガリアと聞いて日本人が連想するのはヨーグルトでしょう。また、琴欧州の出身国としても知られています。観光では日本人には馴染みが薄い国ですが、魅力ある観光名所が数多くあります。

ブルガリアの首都のソフィアは、ヴィトシャ山麓に位置する標高550メートルの高原都市。周囲を山々に囲まれ、風光明媚で水が美味しい事でも有名です。今回は、ソフィアで訪れるべき5つの場所を皆さんにご紹介いたします。

 

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【聖地】インド・バラナシ・ガンジス川クルーズ【沐浴、火葬、朝日等】

バラナシは、インドのウッタル・プラデーシュ州ワーラーナシー県の県都。
人口は約120万人(2011年)。 ガンジス川沿いに位置しヒンドゥー教の一大聖地として、インド国内外から多くの信者、巡礼者、観光客を集めるインド最大の宗教都市である。街の郊外には、釈迦が初めて説法を行ったサールナート(鹿野苑)がある。 バラナシ、ヴァーラーナシー、ヴァーラーナスィー、と各表記がある。また古くは「カーシー国」とも称され、波羅奈国とも称された。ヒンドゥー教・仏教の聖地として重要な都市。かつては英領植民地時代に制定された英語表記のBenaresの誤読により「ベナレス」とも日本語で称された。

4大インダス 文明の地は今はパキスタンとなっているインダス川流域。ガンジス川は沐浴する人々がいると習いましたが、実物をみました。
火葬し、遺灰を川に流したり、洗濯したり、沐浴したり、髪の毛洗ったり様々な光景を見ることができました。カンガーは想像以上にすばらしいです。

現地実録動画は下記

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【治安大丈夫?】フィリピン・マニラ現地潜入ルポ

フィリピンのマニラと聞くと治安が悪いという印象を持つ人々が非常に多いと思います。­確かにアジアの中では犯罪率は高く決して治安は良いとはいえないのが実情ですが、果た­してどうなのでしょうか?屈強な男性であれば行動さえ注意すれば特に問題はないように­思います。

しかし、スラムがマニラ市内に多くありますのでスラムには単身で入らないように注意が­必要です。

フィリピンのマニラを訪問時、数多くの場所を訪問。エルミタ地区から徒歩で散策。パシ­­ッグ川を渡ったらトンド地区です。川の河口。北側です。
マニラ市内には数多くのスラムがありますが、その多くがこのトンド地区にあります。
スモーキー・マウンテンの名で知られるごみの最終処分場もこの地区に存在していました­­。
この国では観光客を狙った睡眠薬強盗が流行っています。
飲み物を飲まないか?とすすめられるのですが(睡眠薬入り)、それを飲むと睡眠薬によ­­り、眠りにつきます。
その後、貴重品等奪われ、身ぐるみはがされるのです。日本のパスポートは裏で高値で取­­引きされていますので、パスポートはホテルの金婚いれておきましょう。
そして多額の現金を持たない。
飲み物をすすめられても飲まない。まず、腕っ節に自身のないでのあれば、スラム街に近­­づかない事が必要です。
間違って入ってしまう事もありますので、その時は、速やかに離れるようにしましょう。

インド・ムンバイ・最高級タージマハルホテル

インド門近くにあるインド民族主義の象徴で世界的にも知られる超高級ホテルであるタージマハルホテル!
2008年の死者174名を出したムンバイ同時多発テロの現場となった5つの場所のうちのひとつです。
19世紀末にインド最大の財閥であるタタ財閥のジェムシードジー・タタ(ムンバイの資本家だった)が外国人の友人とあるホテルに夕食のために入ろうとすると、そのホテルは、ヨーロッパ人限定、利用を拒否されました。
これをよく思わなかったタタは、悔しさからムンバイに世界に通用する一流ホテルを作ることを決めました。
パリの博覧会に赴き、エッフェル塔を支えているのと同じ鉄骨を注文。この鉄骨は今でも使用されています。

ホテルは今から113年前の1903年に完成。シンガポールのラフルズホテルと並び、アジアの星と称えられました。

ちなみに、この近くに海軍の施設があります。

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インド・ムンバイ・インド門

ムンバイで行くべき観光名所のうちの一つであるインド門!フォート地区の南にある大きな門。ここは、イギリス植民地時代、英国王ジョージ5世夫妻の来印を記念して1911年に建立されたものです。門の下は、600人収容できます。建築様式はグジャラート様式で玄武岩で出来ています。
イギリス植民地時代の名残の一つ。

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