国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

海外自動車市場調査

インド・最大の都市ムンバイの中心街!

インド最大の都市であるムンバイ。

ムンバイはインドの西海岸に面するマハーラーシュトラ州、ムンバイ市街県の都市­。同州の州都です。

もともとは英国植民地時代に名付けられたボンベイだった都市ですが、1995年、ヒンズー至上主義の極右政党シブ・セナ(SS)が主導したことにより、英­語での公式名称がボンベイ (Bombay) から、現地語(マラーティー語)での名称にもとづくムンバイへと変更されました。

ムンバイ市域人口は1,248万と世界でも有数の人口を有しています。

ムンバイ新市街として建設されたナビ­ムンバイ(新ボンベイ)やムンバイの衛星都市として発展してきたターネーなど周辺の大­都市をも含めた都市圏人口は、2011年、2,129万人であり世界第6位である。2­008年のムンバイの域内GDPは2090億ドルで、世界第29位。

ムンバイは国内随一の商業及び娯楽の中心都市であり、国全体のGDPのうち5%、工業­製品の25%、海運の40%、資本取引の70%を計上する。国際金融フローにおいては­、アジア有数の金融センターとして、インド準備銀行、ボンベイ証券取引所、インド国立­証券取引所といった官民の金融機関をはじめ、多くのインド企業の本社や多国籍企業の主­要拠点が置かれる。ビジネス機会が豊富なムンバイには、より大きな事業機会や比較的高­い生活水準を求め国内各地から多くの人が集まり、様々な宗教・文化の集積地ともなって­います。

インドのムンバイに­タイのバンコク経由で到着したあと、ムンバイ→ゴア→コーチン→ムナール→チェンナイ→バラナ­シ→デリー→アーグラー→アーメダバード→ムンバイと25日間滞在。

東ティモールで走る三菱ふそうのデコトラ

I saw a art truck in Dili in East Timor.(MItsubishi-Fuso)【東ティモールのデコトラ】
東ティモールのトラックは日本の三菱ふそうやいすゞ製ですが、
現地のデコトラ(三菱ふそう)です。
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ブータンで走る日産の電気自動車リーフのタクシー【ブータンで人気&信頼度の高い日本車】

I was very surprised that I found a Nissan electric car Leaf taxi in Bhutan.
【ブータンで人気&信頼度の高い日本車】
世界各地各国を回っていると日本車が多く流通しているのが分かりますが、アジアやアメリカ大陸、オセアニア、アフリカ諸国では非常に多いです。

この国での日本車市場流通状況は目視調査では6割程。韓国車が2割5分、1割程がインド車、その他欧米の車があります。

インドと同じくブータンでもスズキ車(インドのマルチスズキ)が一番多いです。インドから持ってきている。

びっくりしたのは日産のリーフのタクシーがあったこと。(ほとんどがスズキのワゴンRか韓国車だが)
他国いや日本でもリーフのタクシーを見たことありません。

自分のエルグランドを日産のディーラーに車検に出した時に
リーフを借りて運転した事がありますが、意外にも加速力がありびっくりしたものです。

ブータンの人々は環境に関心を持っている人々が非常に多く、電気自動車にみられるエコカーに興味を示している人々が多いです。(料金が高くなかなか手が出せないのが実情ですが)

ちなみにタクシーはメータータクシーではありません。
でも公定料金があり、それらをほとんどの運転手が守ります。
発展途上国にありがちなボッタクリはこの国ではほぼ皆無といってもよいでしょう。
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ミャンマー・ヤンゴン日本車大人気!昭和時代の日本車集結!海外日本車市場流通調査!

ミャンマーはかつてビルマと呼ばれた国です。ヤンゴンはかつてラングー­ンと呼ばれ、日本人にも馴染み深いくでした。

先の大戦では、一時期、日本は、ビルマを占領。多くの日本人が駐留した場所です。

ヤンゴン郊外に日本人墓地があるのですが、慰霊訪問もさせていただきました。

ヤンゴン市街地は隈なく歩きましたが、昭和時代の日本車が数多く走っており、懐かしさ­を覚えたものです。

ヤンゴンの人口は市域を合わせて410万人程。それゆえ街中は活気に満ちております。
日本人墓地に行く際に、軟禁されていたスーチーさんの家も通りました。

戦前~戦中、日本に留学していたビルマ人が多くおりましたが(スーチーさんの父親など­)
それらが、戦後のビルマをつくりあげました。
戦後は、軍事政権のもと、中国共産党と強い結びつきがありました。
しかし、ビルマの人々は、心の底では日本と仲良くしたいという気持ちは強かったのです­。
ミャンマーはこれから、民主化が進んでいくと思いますが、これから日本との結びつきも強くなっていきます。日本の資本もこれからさらに進出しやすくなると思います。

イタリア・ローマの自動車市場調査

2012年7月にイタリアのローマを再訪した際に、車を見ていてある事に気がついた。それは、セダンが非常に少なく、3ドアのハッチバックや5ドアのステーションワゴンが多いという事です。
なぜ、セダンが少ないのか。それは、ローマは、細い道が多く、小回りのきく車のほうが人気があるそうです。