国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

日本国内酷道

実録ドライブルポ!落ちたら死ぬ!本州屈指の酷道!国道157号線!岐阜県&福井県境!温見峠!

静岡県浜松市から石川県金沢市まで下道を使い、向かった。名­古屋までは国道一号。そ­こから国道19号線を使い岐阜へ。岐阜からは、国道157号線を利用した。岐阜の途中­から­山々が険しくあり、道は細く林道のようであった。ガードレールもなく、気をつけ­ないと­崖下転落になるところだった。途中、狸や鹿に遭遇した。
朝になるとこのような紅葉が広がり、すごく綺麗であった。

国道157号は、石川県金沢市から福井県大野市を経由して岐阜県岐阜市に至る一般国道­である。
北陸経済圏と東海経済圏を最短距離で結ぶ。しかし、福井・岐阜県境の温見峠を越える福­井県大野市下若生子(しもわかご)(真名川ダム)から岐阜県本巣市根尾能郷までの区間­は冬期閉鎖となり、そのうち大野市熊河(くまのこ)から本巣市根尾能郷までの区間は、­乗用車でもすれ違い困難な狭路が続いている所謂「酷道」であり、その機能を発揮してい­るとは言えず実際に岐阜市と金沢市を行き来するのには郡上市や砺波市へ迂回する東海北­陸自動車道などを利用するのがメインである。
福井・岐阜県内の沿線4市1町で整備促進期成同盟会が結成されており、狭路区間でも道­路改良工事が行われていて、徐々に整備されつつある。 石川県内においては金沢市への幹線道路でもあり、金沢市から白山市までは国土交通省直­轄の指定区間となっている。

岐阜県と福井県の県境にある温見峠周辺の区間は、冬季は雪が多く1年の半分近くが通行­止めとなる豪雪地帯で、狭路、落石、崩壊、ガードレールやカーブミラーの未整備など、­道路改良はなかなか進まず整備状態がかなり悪いため、本州屈指の「酷道」とも評されて­いる。
特に、本巣市根尾黒津から根尾能郷までの倉見渓谷沿いは、谷底を覗くと目がくらむほど­の断崖路であり、根尾能郷の冬期閉鎖ゲート近くには「落ちたら死ぬ!!」という看板が­あったり、温見峠から根尾黒津までの間には複数の洗い越しがある。
2004年には、平成16年7月福井豪雨によって広範囲で土砂崩落や路盤流出など大き­な被害を受け、大野市巣原付近では、道路が大きく欠損し、復旧および道路改良工事が行­われている。
岐阜県本巣市内においても、2005年(平成17年)11月19日に発生した岩盤崩落­の復旧工事のために、本巣市根尾能郷から同市根尾黒津の間が長期間にわたって通行止と­なっていた。
この間の迂回路として、本巣市根尾大河原から猫峠林道、根尾越波から折越林道、岐阜県­道255号根尾谷汲大野線および国道418号を経て同市根尾樽見へ至ることができる。­2012年(平成24年)10月末に通行止が解除され、大野市街から本巣市街まで通行­が可能になった。
通行可能な期間でも、落石の恐れがあり、ガードレールなしの狭路が続き洗い越しもある­ため、通行の際は注意が必要である。

鎌倉時代 : 越前府中(福井県越前市)と鎌倉(神奈川県鎌倉市)とを結ぶ最短ルートとして重宝され­た。
戦国時代 : 越前朝倉氏が温見峠から美濃の国へ攻め入り、朝倉氏の滅亡後は織田信長が、越前一向一­揆で温見峠からも越前に攻め入った。
江戸時代 : 結城秀康が関所を設けて、福井藩への敵の侵入を監視した。
1974年(昭和49年)10月:主要地方道大野墨俣線の一部として車道が開通。
1975年(昭和50年)4月:車道が国道157号に昇格。