国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

台湾

【日本統治時代に建てられた石造りの建物】台湾・九份の街並み

平成28年(2016年)10月に訪問した台湾。台北から入り、東周りで台湾1周。
日本人にも人気の高い九份を訪問。

【日本統治時代に建てられた石造りの建物】人気の観光名所となっている・九份ここは、1893年に金鉱が見つかり、日本統治時代にはアジアのゴールドタウンと呼ばれた町です。

統治時代に、藤田組によりその最盛期を迎え、石造りの家などが雰囲気をかもし出してます。九份の街並みは、日本統治時代の面影を色濃くとどめており、路地や石段は当時に造られたものです。京都にも似たようなどこか落ち着く雰囲気があります。

2週間の日程で台湾を周遊
台北⇒台中⇒嘉義⇒台南⇒福瀬村⇒高雄⇒台東⇒花蓮⇒太魯閣⇒台北と1周

台湾で神様になった日本人!森川清治郎巡査が祀られる嘉義県の富安宮!世界を周ってきた大和男児アキーラが語る日本が素晴らしいと思える出来事!第7話!

台湾で神様になった日本人!森川清治郎巡査が祀られる嘉義県の富安宮!世界を周ってきた大和男児アキーラが語る日本が素晴らしいと思える出来事!第7話!

親日家が多い台湾。そんな台湾で尊敬される日本人の1人が森川清治郎巡査です。日本統治時代1897年に渡台し、嘉義県副瀬村の派出所勤務となった巡査は、治安改善や教育改善等、村の発展に貢献。村の中心にある富安宮は、森川巡査が亡くなった後に巡査を慕う地元の人々により建てられ、巡査は土地神として祀られています。

今回は、台湾の人々に尊敬されている森川清治郎巡査が祀られる富安宮をご紹介いたします。

土地神として富安宮に祀られる森川清治郎巡査

土地神として富安宮に祀られる森川清治郎巡査

写真:大川原 明

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台湾中西部の木材や製糖業が盛んな産業都市である嘉義市。嘉義の鉄道駅からタクシーで30分程西に進んだ所にある東石郷副瀬村に、日本人の森川清治郎巡査が土地神として祀られる富安宮があります。

日本ではほとんど知られていない森川巡査ですが、台湾では多くの人々が知っており、尊敬しています。毎日のように観光バスが押し寄せ、多くの台湾人が富安宮を訪れています。

※タクシーは、嘉義の鉄道駅前にとまっているメータータクシーを利用し、運賃は700~800元程。帰りは、富安宮周辺にタクシーはとまってませんので、富安宮の管理人にたのみタクシーを呼んでもらいましょう。

村の発展に貢献

村の発展に貢献

写真:大川原 明

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日本統治時代1897年(明治30年)に台湾に渡り、嘉義県東石郷副瀬村の派出所勤務となった森川巡査は、当時治安が悪かった村の治安改善に尽力しました。また、識字率が非常に低かった村において、教育の重要性を認識し、私費を投じて、日本から教材を取り寄せ、教師を雇い寺子屋を開き、識字率の向上に貢献しました。

自らを顧みず海で溺れかけている村人を助ける

自らを顧みず海で溺れかけている村人を助ける

写真:大川原 明

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ある時に、海の岩場に取り残されて身動きが取れなくなっている村人がいました。森川巡査は、自らを顧みず危険な海に入り負傷しながらも村人を助けました。こういった自己犠牲の精神は村人達の尊敬される要因になったのです。

責任を感じ自決した巡査

責任を感じ自決した巡査

写真:大川原 明

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台湾総督府が村に漁民税を制定した際に、役所に減税を求めるも聞き入れられず叱責を受けたのですが、村人の要望に応える事が出来なかった事に責任を感じ、巡査は拳銃を使い自決しました。後に巡査を尊敬していた村人達により富安宮が建設され、巡査は巡査は土地神として祀られたのです。

巡査の死後、1923年に副瀬村や近隣にコレラ脳炎などの伝染病が流行しました。当時の村長の夢に巡査が現れ、「環境衛生に心がけ、飲食に注意し、生水、生ものを口にせぬこと」ということを告げられました。内容を村民に伝え、村民がこれを守ったところ、伝染病の流行を免れることができたのです。

日本統治時代に開園した嘉義公園

日本統治時代に開園した嘉義公園

写真:大川原 明

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富安宮と併せて訪れていただきたいのは、嘉義市内にある日本統治時代1911年(明治44年)に開園した嘉義公園です。公園内に嘉義神社が置かれたのですが、今も当時の社務所や灯篭、手水舎が残ります。社務所は嘉義史跡資料館になっており、貴重な資料が展示されています。

公園内には射日塔と呼ばれる12階建てのビルが公園内にあるのですが、展望台から嘉義市内の景色を見る事が出来るので展望台にのぼってみるとよいでしょう。公園の敷地は広大ですので、脱水症状にならないようにお水を持参することをお薦めします。

※嘉義公園は嘉義の鉄道駅から徒歩25分程。歩いていけないこともないのですが、タクシーを利用するとよいでしょう。

映画「KANO」の関連地としても知られる嘉義

いかがでしたか?台湾で尊敬される日本人の1人である森川巡査が土地神として祀られる富安宮。是非とも訪れていただきたい場所です。

嘉義県は、2014年の台湾映画「KANO」の舞台としても有名です。「KANO」は、日本統治時代に嘉義市に実在した嘉義農林学校野球部が昭和6年(1931年)の日本の甲子園大会で準優勝を遂げた実話を元に製作された映画です。せっかくなので映画「KANO」の関連地も併せて訪れるとよいでしょう。

台湾・嘉義市・嘉義神社!(日本統治時代建立・映画KANOの地)

日本統治時代、明治44年(1911年)に開園した公園です。公園内にはかつての嘉義神社(現在は忠烈祠)の名残が残っており、社務所はそのままの残っています。社務所内部は資料館になっており、貴重な資料が展示されています。

公園内は広く、見どころも多いですが日本的な香りのするものが多く残されているので
日本統治時代の匂いをかんじとってみるとよいでしょう。

善化駅(ぜんかえき)は、台湾台南市善化区にある台湾鉄路管理局縦貫線の駅。かつては台湾糖業鉄道玉善線、善化線が接続していました。
台南市のほぼ中央に位置するので、バス連絡で佳里、麻豆、玉井、烏山頭ダムなどへの要路を占めて居ます。

台湾・高雄・台湾糖業博物館【日本統治時代に創業の台湾製糖跡地】

【日本統治時代の痕跡】本日は高雄市内にある台湾糖業博物館を訪問。日本統治時代の明治34年(1901年)に三井財閥(主に三井物産)を中心にして設立された台湾製糖。台湾最初の新式機械製糖工場を建設し、明治35年(1902年)に操業開始。戦後、台湾企業が引き継ぎました。

工場は平成11年(1999年)2月に閉鎖となりましたが、そのままの状態で残してあります。日本統治時代から使われていた機械も多数あり、社員の住居として使われていた日本家屋が今も残っています。

台湾・烏山頭ダム・八田與一の銅像の首が刈られる?台湾で非常に尊敬される日本人 !

台湾・烏山頭ダム・八田與一の銅像の首が刈られる?台湾で非常に尊敬される日本人 !国際ジャーナリスト大川原 明!解説!

台湾の鳥山頭ダムの八田與一像の頭部切断。

台湾は昨年10月に現地踏査。
2週間で台湾を1周しましたが
鳥山頭ダムも訪問しました。

八田與一の銅像前で合掌しました。

台湾では教科書にものるほどの場所。台湾人に尊敬されている八田與一。
日台友好の証を破壊する行為を許されるべきものではありません。

【日本統治時代開場】台湾・台北・士林夜市・地下食堂街!台湾料理&露店!

台湾といえば夜市。(アジア各国ではこういった夜市があります。タイの夜市も好きです。)台北で最大の市場である士林市場での夜市。

数多くの観光客が訪れる市場です。
歴史は古く日本統治時代の1909年に開かれた市場です。

士林市場は、1909年開場の施設の老朽化による衛生上・安全上の問題があったため、台北市政府は大規模改修をするため、2002年10月14日に同市場を閉鎖し、代替施設として剣潭駅前に「士林臨時市場」が設置されました。

臨時市場は2002年11月25日に営業開始し、士林市場にあった飲食店の多くが臨時市場に移転しました。

市場の中には、日本の縁日にあるような射的などのゲームがありますし、服飾やカバン、雑貨などの土産物店。南国特有の果物が売られている果物店、台湾や大陸の料理が食べれる店が多く軒を連ねています。

台湾で神様になった日本人!森川清治郎巡査が祀られる嘉義県の富安宮

旅のWEBメディア「たびねす」に記事寄稿!今回のお題は、台湾で神様になった日本人!森川清治郎巡査が祀られる嘉義県の富安宮

親日家が多い台湾。そんな台湾で尊敬される日本人の1人が森川清治郎巡査です。日本統治時代1897年に渡台し、嘉義県副瀬村の派出所勤務となった巡査は、治安改善や教育改善等、村の発展に貢献。村の中心にある富安宮は、森川巡査が亡くなった後に巡査を慕う地元の人々により建てられ、巡査は土地神として祀られています。

今回は、台湾の人々に尊敬されている森川清治郎巡査が祀られる富安宮をご紹介いたします。

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当時東洋一!台湾で今でも尊敬される八田興一が建てた「烏山頭ダム」

親日家が多い事でも知られる台湾。そんな台湾で尊敬される日本人の一人が日本人技師である八田興一です。八田興一が台南市に建てた烏山頭ダム。ダムは1930年の完成当時に東洋一の規模を誇るものでした。烏山頭ダム建設による灌漑整備によりダム周辺は台湾最大の穀倉地帯になりました。

今回は、台湾の教科書に載るほど台湾の人々に尊敬されている八田興一が建てた烏山頭ダムをご紹介いたします。

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台湾・台中・逢甲夜市!

台中市内の若者向けの夜市である逢甲夜市。ファッション系のお店が多く、夜になると屋台が営業し(昼間から営業しているのも多い)、賑やかな夜市。台中では、台中一中街とともに訪れていただきたい場所です。

【日本統治時代の痕跡】親日.台湾・台中にある宮原眼科(日本統治時代に開院)

【日本統治時代の痕跡】日本統治時代に台中にて日本人がやっていた眼科である宮原眼科。統治時代の建物はそのまま残っています。(補修はしている)台中の駅近くにあります。

現在は、人気菓子店である日出が営業。隣は、系列のアイスクリーム屋である第四信用合作社があります。ここのアイスクリーム屋でアイスを食してみました。台湾で獲れるマンゴー、日本からの巨峰味です。トッピングは3つまで選べます。

費用は、185元。日本円で600円程です。
宮原眼科にちなみ、宮原の名前が入ってます。