国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

デリー

【潜入】インド・ニューデリー・メインバザール(パハール・ガンジ)安宿街!

デリー市内。ニューデリー駅からのびるパハールガンジの通り。(メインバザール)タイのバンコク・カオサン通りのようにバックパッカーに人気の通りです。安宿や飲食店、旅行会社、お土産物屋があります。

ここで4年以上まえから日本人の土肥ナンチャラなる輩が、日本人に話しかけて、お金を盗まれて困っていますのでお金を貸してください。日本に帰ったら必ず返しますといったもののその後、音信普通になる詐欺事件が頻発しているようです。

パハールガンジは混沌とした雰囲気がありますがハマる人はハマると思います。

【世界に流通する日本語】インド・デリーのレイブパーティーのカクテル神風!

世界の多くのバーにあるKAMIKAZE(神風)のカクテル。本日のパーティー会場にありました。

神風特攻隊。先の大戦、終戦間際に神風特攻隊による攻撃がおこなわれ、米軍を恐怖の底に陥れたのは事実です。戦後、その神風特攻隊の話しが世界の多くの国に伝わり、津波(TSUNAMI)と同じく、世界中の多くの人々が知っている言葉でもあります。

カミカゼは、ウォッカベースのカクテルです。
発祥地はアメリカであると言われ、その味の切れの鋭さから太平洋戦争における日本海軍の神風特攻隊を彷彿とさせたからといわれています。

作り方は下記です。

ウォッカ、コアントロー、ライムジュースをシェイク
氷を入れたオールド・ファッションド・グラスに注いでステア
ライムのスライスを飾って供する。

インド・デリー・オールドデリー(旧市街)をリキシャで巡る!

インドのデリー。ニューデリーは開発が進み綺麗な街並みなんですが、オールドデリーは古い町並みが残っています。
喧騒感に満ちたオールドデリー散策は非常に刺激があります。

徒歩での散策もよいのですが、サイクルリキシャに乗って街を巡るのもよいでしょう。
日本の人力車が起源のサイクルリキシャやオートリキシャ。

インドは経済発展著しく、ここ10年、20年で非常に変わっています。インフラは整いはじめ、高層ビルもたちはじめ。物価もかなり高くなりました。
デリーはインドの首都ですので、ニューデリーを中心に開発が進んでいます。ニューデリーは想像以上に小奇麗でびっくりしましたが、オールドデリー最寄りの駅について降りた瞬間!インド!と思いました。雰囲気がニューデリーと違います。
この生臭い雰囲気はいつまでも残ってほしいですね。

インド・ムンバイ・日本人慰霊碑(供養塔)!

世界の日本人墓地に慰霊訪問の活動!慰霊&合掌!100年前に3000人も日本人が住んでいたムンバイ(ボンベイ)!一人の日本人としてムンバイ(ボンベイ)市内にある日本人墓地に慰霊訪問させていただきました。明治41年(1908年)に設置され、この墓石は昭和8年(1933年)に立てられたという。「供養塔」

ムンバイは綿糸の貿易で栄えたのですが、五大商社のいくつかの商社や日本郵船が19世紀終わり、明治時代には進出し、ムンバイに支店をもうけるほどだったのです。他に大阪紡績や三重紡績なども綿花の取引きをしていました。
20世紀初めには商社の駐在員を中心に3000人近い日本人がムンバイ(ボンベイ)居住していました。
現在、ムンバイの日本人駐在員が700名程なのですが、それを考えると100年以上前に数多くの日本人が住んでいたというのが分かります。

この地で亡くなられた日本人駐在員の方々だけではなく、いわゆる「からゆき」さんと呼ばれる外国(主にアジア各地)に娼婦として出稼ぎ(実際には、貧村の出で、親に身売りされた人々も多かった。からゆきさんは、その多くが熊本の天草出身であったようである。)に来ていた複数の日本人女性、先の大戦で連合国の捕虜となり、牢獄され牢獄中に亡くなった日本人兵士の方々・英霊の方々が多くおります。
一人の日本人として慰霊訪問させていただきました。
どうぞ安らかにお眠りください。

在ムンバイ日本国総領事館や現地の日本人会により管理されています。

ちなみにムンバイには日本山妙法寺という日蓮系のお寺があります。そこの北海道出身の住職の方は在住40年近い方がおります。

【実録】日本の援助が入るインド・デリーの地下鉄

デリーの地下鉄乗車。インドの首都のデリーは地下鉄が走っています。インド国内だと他にカルカッタやムンバイでも。デリーでは、2002年にレッドラインが開業し、それ以降路線を増やしてきました。現在、路線は6本あり、総延長約193km、駅は148ある。地下鉄とはいうものの、高架橋や地平区間が多く、純粋な地下駅は38駅あります。

建設費用は日本のODA援助(円借款)による割合が大きく(ムンバイでは建設費用の5割が円借款)日本の費用が使われています。日本の国際協力機構を通じた東京メトロの情報提供を通じて、デリー・メトロ側が採用。

広軌に関しては、三菱電機、三菱商事による外資系コンソーシアムが落札し、三菱電機が電装品を納入。
乗車方式は日本の地下鉄などと同じであり、駅の券売機もしくは窓口で乗車券を購入後、自動改札機に通してホームへと向かうものとなっています。運賃は距離に比例して高くなる方式です。

日本の援助が入っているのですが、タイのバンコクやアジアの他国のように日の丸とインドの国旗をプレートにつけて説明書きをいれてほしいと思いました。(これも親日家をつくるのに必要なことです。円借款であっても日本の国税が使われてますからね。)

日本と同じく朝夕は通勤ラッシュで混みますが、日本人のように遅くまで働く日とは少ないです。(東京などでは残業で帰りが22時~24時になることは当たり前ですが。夜遅くでも混んでいますが、デリーはその時間はそうでもない。)

使い心地はよかったです。ただ、運転はインドらしかったですWブレーキのかけかたとか。あと、平気で横入りしてくるなW日本ではしっかりと整列するんですがW席の取り合いがすごい。

インド・デリー・インド・ヒンドゥー教祭り【ホーリー】祭り(レイブ)

ホーリー祭(Holi)とは、インドやネパールのヒンドゥー教の春祭り。春の訪れを祝い、誰彼無く色粉を塗りあったり色水を掛け合ったりして祝う。

ホーリー祭はもともと豊作祈願の祭りであったが、その後クリシュナ伝説などの各地の悪魔払いの伝説などが混ざって、現在みられる形になった。ホーリー祭の特徴である色粉や色水を掛け合う由来は、カシミール地方の伝承でこの日に人家に押し入ってくる悪鬼ビシャーチャを追い払うため泥や汚物を投げつけたのが始まりとされる。そのため黄色は尿、赤は血、緑は田畑を象徴すると言われている。色水は色粉を水に混ぜて作る。

インド暦第11月の満月の日(太陽暦では3月に当たる。 祭りは2日間に渡って行われ、1日目をホーリー、2日目をドゥルヘンディと呼ぶ[2]。 2016年は3月24日、2017年は3月13日)の午前中がクライマックスであるが、前日から色粉の掛け合い等を始めることもある。祭りの前週から繁華街には色粉や水鉄砲(主に子供が使う)を販売する露店が多数出る。人々は色粉等を購入して準備する。当日は他のヒンドゥー教の祭りと異なり特定の神に対する祭礼は無く、地域の人達が集まって祭りが始まる。

初日の祭りは日没から始まる。男女のグループに別れ、ファグアーと呼ばれるヒンドゥー教の神々や現実の男女の愛情を表現する歌を掛け合いで歌う。また、ホーリカー・ダーハと呼ばれるホーリカーの神話にちなんだ焚き火(ホーリー・ジャラーナー)を燃やし、悪霊を焼き幸福を祈願する。

2日目は泥水や色水の掛け合いを行う。祭りが始まると友人知人はもとより通りがかった見知らぬ人にまで顔や身体に色粉を塗りつけたり、色水を掛け合ったりする。地域によって男性が女性に掛けるなど、決まりに則って行われる地域もある。

色粉を塗りあった後は「ハッピー・ホーリー」と言いながら抱き合うことも多い。最初は特定の色を額に塗る程度だが、次第にエスカレートして顔全体や体中が色だらけになってしまう。また ヒンドゥー教徒は比較的飲酒を忌避するが、ホーリー当日だけは盛大に飲む人が多く、昼頃には芝生や木陰で酔いつぶれている人をよく見かける。

平成28年(2016年)3月8日に日本を発ってから、インドのムンバイに到着。ムンバイ→ゴア→コーチン→ムナール→チェンナイ→バラナシ→デリー→アーグラー→アーメダバード→ムンバイと25日間滞在。

【これがインドのオートリキシャ】インド・デリー・オートリキシャ(トゥクトゥク)乗車ルポ!

【これがインドのオートリキシャ】インド・デリー・オートリキシャ(トゥクトゥク)乗車ルポ!Auto-Rikisha in Delhi in India国際ジャーナリスト大川原 明!現地乗車ルポ!

デリーにてオートリキシャ(トゥクトゥク)利用!
日本の人力車を基にしたリキシャ(力車)。そこから派生した自転車を前につけたサイク­ルリキシャ、モーターをつけたオートリキシャ=タイではトゥクトゥクという。

タイのバンコクのタクシーもこの黄色と緑のツートンカラーの色が多いが。
オートリキシャですが、やはり、どの運転手もメーターを使わないので交渉が必要です。でも安いですよ。短距離(10分くらいでいけるとこなら)50ルピー程(90円くらい)。足元をみられる人は高く請求されたり、ぼったくられそうになることもありますが。

インド格安航空会社!スパイスジェット!インド・チェンナイ⇒デリー

今まで100回以上飛行機にのってきまし­たが、最低のフライトでした。墜落するかと思いました。チェンナイからデリー経由で2つ便を乗り継ぎ、北インドのバラナシに到着。 前述したとおり、北インドも数都市訪問します。一緒に旅しているハンガリー人がスパイ­­スジェットというインドの格安航空会社を利用したいとの事で、利用したんですが、墜­落­するかと思いました。チェンナイ→デリー間のフライトです。
We will land shortly という放送があった後に、1時間くらい着陸までかかりました。Shortly であれば20分~30分くらいが妥当なんですが。さすがインドです。
そして、低空飛行を続け、高度をあげては高度を下げるの連続。市街上空をしばらく周っ­­てました(デリーは大きな空港ですので、司令塔からまての指示が出たのは分かります­が­。)旋回だけならともかく上下に。
さらに、着陸時は風にとられたのもあったんですが、左翼が左に傾き、左車輪から着陸。­­思わず前の席をつかんでしまいました。

インドの格安航空会社であるスパイスジェット。名前から香辛料の匂いがプンプンしてき­­ましたが、やはりあまりよく知らない格安航空会社はお勧めできませんね。

今まで30程の航空会社利用&100回以上搭乗してきた自分ですが、人生の中で一番怖­­い思いをしたフライトでした。デリーからバラナシは大丈夫でしたが。
とにかく無事に到着できて何よりです。まだまだ生かされてますね。

【治安注意喚起】海外旅行(渡航)で犯罪被害に遭わない、危ない目に遭わないようにするにはどうすれば?

海外旅行(渡航)で犯罪被害に遭わない、危ない目に遭わないようにするにはどうすれば­­良いのか?
旅行ジャーナリスト&国際ジャーナリスト大川原 明が大まかに言及します!
海外61か国訪問。長期4か国計6年。危険な目には遭った事はありません。これは何故­なのか。それは自分なりに犯罪の被害に遭わないために努力してきたからです。
邦人の方々が海外に危ない目に遭い犯罪の被害者にならないために発信させていただきま­す。

タイ航空TG645便中部国際(セントレア)空港⇒バンコク!

インドを訪問する際に、TG(タイ航空)にてタイのバ­­ンコク経由でインドのムンバ­イへ!

中部国際空港からタイのバンコクまではTG645便
機材はボーイング777-300.3-3-3の配列。所要時間は6時間30分程。
スターアライアンス系の航空会社であるTG(タイ航空)

初インド。日本を発ってから、インドのムンバイに­­タイのバンコク経由で到着。ムン­バイ→ゴア→コーチン→ムナール→チェンナイ→バラ­ナ­シ→デリー→アーグラー→ア­ーメダバード→ムンバイと25日間滞在。