国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

旧ユーゴスラビア・マケドニア・スコピエ・オスマントルコ朝時代に建てられた石橋

旧ユーゴスラビア・マケドニア・スコピエ・オスマントルコ朝時代に建てられた石橋

スコピエの石橋は1451年から1469年にメフメト2世の庇護の下造られた。石橋はスコピエの過去と現在をつなぐ象徴としてスコピエの市章に描かれている。 石橋はスコピエのメインとなる広場であるマケドニア広場とスタラ・チャルシヤを結んでいる。2014年7月に旧ユーゴスラビアの1国であるマケドニアの首都のスコピエを2年ぶりに再訪しました。ここはコソボ紛争でも話題になったコソボ自治州からわずか数十キロの距離に位置している。
通称マケドニアは、東ヨーロッパのバルカン半島に位置する共和国。前身はユーゴスラビア連邦の構成国の1つで、南はギリシャ、東はブルガリア、西はアルバニア、北はセルビアおよびコソボと、四方を外国に囲まれた内陸国である。
これら周りの国との関係は決して良好ではない。特にギリシャに関してはマケドニアという国名の問題で対立している。

マケドニア共和国は、地理的にはマケドニアと呼ばれてきた地域の北西部にあり、マケドニア共和国はマケドニア地域全体の約4割を占めている。残りの約5割はギリシャに、約1割はブルガリアに属している。また歴史上、マケドニア共和国の多数民族はマケドニア人と自称・他称されるが、彼らはスラヴ語の話し手で南スラヴ人の一派であり、ギリシャ系の言語を話していたと考えられる古代マケドニア王国の人々と直接の連続性はない。これらの理由から、ギリシャがマケドニアという国名を拒否し、同国との間で激しい国名論争(マケドニア呼称問題)が生じている。

憲法上の正式名称はマケドニア共和国であり、約125ヶ国はこの呼称を用いている一方、欧州連合や日本等はこれを認めず、国際連合に加盟したときの暫定呼称マケドニア旧ユーゴスラビア共和国を使用している
住民はマケドニア人が64.2%、アルバニア人が25.2%、トルコ人が3.8%、ロマ人が2.7%、セルビア人が1.8%、その他が2.3%である。
マケドニア人は5世紀から7世紀ごろにこの地に移り住んだスラヴ人の子孫であり、スラヴ系のマケドニア語を話す。マケドニア語はブルガリア語と極めて類似しており、ブルガリア人からはマケドニア人・マケドニア語はブルガリア人・ブルガリア語の一部であるとみなされている。マケドニア人の多くは自らをブルガリア人とは異なる独自の言語を持った独自の民族であると考えている

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