親日家が多い事でも知られる台湾、
そんな台湾で尊敬される日本人の一人が日本人技師である八田與一です。
八田與一が台南市に建てた烏山頭ダム、ダムは1930年の完成当時に東洋一の規模を誇るものでした。烏山頭ダム建設による灌漑整備によりダム周辺は台湾最大の穀倉地帯に。
台湾は、日清戦争後の1895年~1945年まで50年間日本の統治下に置かれましたが、日本統治下に日本政府は台湾のインフラ整備、そのうちの1つが治水工事です。
台湾に多くのダムを建設したうちの1つが、烏山頭ダムです。
烏山頭ダムは1920年に着工し10年の歳月をかけて1930年に完成したダムで、完成当時は東洋一の規模を誇ったダムでした。
このダムを建てた八田與一の功績に関して
台湾の人々は非常に感謝しており、教科書に載るほど尊敬されています。
※烏山頭ダムまでいくにはいくつかのルートがありますが、一番のお薦めは、台鉄「善化駅」前のバス亭から「烏山頭水庫」行き橘4路バス利用です。所要時間は30分程。
烏山頭ダムの敷地は広大な八田與一記念公園となっており、公園内には八田與一記念館、八田與一居住家屋、八田與一象、竣工碑など多くの見所があります。
公園内は非常に広いので、足腰に自信がないと周るのに苦労すると思います。また、公園内には自動販売機がないので、暑い時期に訪れた場合、脱水症状を起こす可能性がありますので、事前に1リットル以上の水を購入、持参する事をお薦めします。
毎日のように多くの台湾人が訪れる烏山頭ダム。日本人にはあまり知られていない八田與一ですが、台湾では学校の教科書でも紹介しているので知らない人がほとんどいないほど、知名度と人気が高い日本人です。
八田與一記念館には様々な資料や写真が展示されていますので、八田與一を知る上で、訪れていただきたい場所です。
記念公園内には、八田與一の銅像と與一と妻「外代樹」の墓がありますが、銅像はダムが完成後の1931年に八田與一を慕う近隣住民により建てられたものです。
第二次世界大戦下には、金属供出を求められた際、住民はこの銅像を隠していました。
また、日本が敗戦した後に中国国民党政府が台湾に入ってきた時に、政府は日本人の銅像などを撤去する命令を出しましたが、住民は拒否し、銅像は密かに隠され保存されていました。
1990年代に台湾の民主化が進み、八田與一の業績が再評価され、住民の手により再び公開されるようになりました。
銅像が置かれている場所の近くにダム建設に従事して事故で亡くなられた134名の方々の殉工碑があるので、併せて訪れていただきたいです。

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