国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

台湾•嘉義県-東石郷-副瀬村『富安宮』義愛公として祀られる『森川清治郎』巡査

台湾•嘉義県-東石郷-副瀬村『富安宮』義愛公として祀られる『森川清治郎』巡査

9年2か月ぶりの訪問の台湾訪問時に再訪した『富安宮』

親日家が非常に多い台湾。そんな台湾で尊敬される日本人の1人が森川清治郎巡査です。9年2か月ぶりの訪問です。日本人として台湾の方々に神として祀られていること、嬉しく思います。

嘉義県東石郷副瀬村。

村の中心にある富安宮は、森川巡査が亡くなった後に巡査を慕う地元の人々により建てられ、巡査は土地神として祀られています。

日本統治時代1897年(明治30年)に台湾に渡り、嘉義県東石郷副瀬村の派出所勤務となった森川巡査は、当時治安が悪かった村の治安改善に尽力しました。

また、識字率が非常に低かった村において教育の重要性を認識し、私費を投じて日本から教材を取り寄せ、教師を雇い寺子屋を開き、識字率の向上に貢献。

ある時、海の岩場に取り残されて身動きが取れなくなっている村人がいました。森川巡査は、自らを顧みず危険な海に入り負傷しながらも村人を助けました。こういった自己犠牲の精神は村人達の尊敬される要因になりました。

後に、台湾総督府が村に漁民税を制定した際に、役所に減税を求めるも聞き入れられず叱責を受け戒告処分に。

村人の要望に応える事が出来なかった事に責任を感じ、巡査は火縄銃を使い自決しました。後に巡査を尊敬していた村人達により富安宮が建設され、巡査は巡査は土地神として祀られました。

巡査の死後、1923(大正12年)に副瀬村や近隣にコレラ脳炎などの伝染病が流行。

当時の村長の夢に巡査が現れ、「環境衛生に心がけ、飲食に注意し、生水、生ものを口にせぬこと」ということを告げられました。

内容を村民に伝え、村民がこれを守ったところ、伝染病の流行を免れることができたのです。

現在でも地元民から尊敬され、毎日のようにお参りにくる人々は多いです。また、遠方から団体バスでくる台湾人も数多くいます。

ここまで来るには

嘉義駅からタクシーで30分程。

高速利用だと38キロの距離。片道料金は900〜1100TWDです。

※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影

使用レンズはf2.8 24-70㎜のレンズ

«

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です