国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

海外紛争地

平成29年(2017年)6月10日!東京阿佐ヶ谷の講演会(後半)プロボディーガード栗林寿行氏!

【詳細】
プロボディーガード栗林寿行氏によるPodcastプロ・ボディーガード!護!護!Go!公開収録

大川原 明の海外サバイバル術2

日時:平成29年(2017年)6月10日(土曜日)19時~
場所:東京都杉並区阿佐ヶ谷地域区民センター
JR中央線阿佐ヶ谷駅近く

お題:激動の時代を迎える世界
海外の治安と危険回避方法
国際事情に関して

中国において日本人6名がスパイ容疑で拘束&海外渡航時の行動&撮影の注意点

【中国において日本人6名がスパイ容疑で拘束&海外渡航時の行動&撮影の注意点】
中国において日本人6名がスパイ容疑で今年3月に山東省や海南省で拘束されていた事が発表されました。
(数年前にに拘束された日本人5名は未だに拘束されたままです。)
中国では日本式の温泉施設(いわゆるスーパー銭湯)がブームになっています。
今回拘束された6人は、地元の温泉開発会社の要請をうけて技術協力というかたちで政府当局から許可を得て地質調査に携わっていました。
今回の件は全くもってスパイ活動ではないと断言できますが、技術援助で訪れた技師にスパイ容疑をかけるのは国際的信用をさらに失墜させる結果になるでしょう。
2014年に中国国内で「反スパイ法」が制定されましたが、
この法律の定義は曖昧で当局役人の判断に任されている
といっても過言ではありません。
共産社会主義国家ではいわゆる賄賂は横行しています。
役人の汚職はひどいものです。賄賂を支払わなければ
逮捕、拘束もありえるのです。
スパイ容疑をかけられた5名(これが日本の諜報員(スパイ)であるか否かに関しては関係上、言及を避けますが)のうち4名は裁判公判中。しかし、秘密主義の共産社会主義国家ですので裁判の詳細は明らかにされてません。
今回の件で、中国から他国(主に東南アジア)へ生産拠点を移す日本企業はさらに増すでしょう。中国に駐在、赴任を命じられたら拘束される心配もつきものですから。
今回、皆さんにお伝えしたいのは
海外渡航時の撮影の注意点です。私は国内外で調査活動をしており、画像、映像双方での撮影をしています。
活動に支障をきたすのでどこの国で何があったとはいえませんが、複数の国で短時間ながらも拘束された経験があります。
まず海外での撮影に関しては
軍施設、軍車両、軍人を許可なく撮影するのを禁止している国々はかなりの数を占めます。
軍関係以外に、政府機関、空港、港湾なども国と都市、場所により禁じてます。もし撮影してしまうと知っている知らないに関わらず逮捕拘束される可能性は高いのです。
なので海外渡航の際の撮影にご注意ください。
私は国内外での調査と撮影をしています。
プロの自分としては上記写真のように特殊機材と特殊技術を用いれば撮影は出来ます。(今までも数多くの場所で撮影をしてきました。)いつも覚悟の上で撮影をしています。
現地で得てきた情報提供&映像画像提供も随時しています。
写真はフランスのパリを再訪した際に、パリ北駅構内で撮影した写真。フランスの諜報機関であるDGSEが事前にイスラム過激派がパリに潜入しているという情報を得ていたのですが、爆弾テロを警戒していまいた。
この数か月後にパリで大規模なテロがおこりました。
駅や地下鉄などの公共施設は軍が警戒していましたが、それが手薄な民間施設が標的になりました。
幸いにも日本は世界の数多くの国々と友好関係を結び、外国人の日本人に対しての信頼度は非常に高いです。
しかし、日本はアメリカの属国、アメリカに操られていると思っている国々も少なくはなく、主にイスラム系の国々、イスラム過激派の中では潜入してきた日本人をCIAのスパイと思う人々がけっこういます。(実際にCIAのスパイと化した日本人が日本には数多くいるのは事実)
CIAのスパイと疑いのある人々が先日、処刑されましたが。
話しは変わりますが、昨日、タイのバンコク、イギリスのマンチェスターにおいて爆弾テロがあり多くの方々が亡くなりました。タイのバンコクに関して軍の病院を狙った事から現在の軍事政権に不満を持つ国内の政治集団の一味の仕業と思います。(タイはタクシン派VS反タクシン派の政治的争いがここ数年おさまっていたのですが)
イギリスのマンチェスターの件に関しては
イスラム過激派のテロ(ISILのテロ濃厚)でしょう。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに
このような卑劣な行為を遺憾に思います。

親日国パラオ・日米激戦地ペリリュー島で旧日本軍の戦車 !

第一次世界大戦に連合国として参加した日本は、第一次世界大戦では戦勝国となり、敗戦国となったドイツの植民地であったパラオは、第一次世界大戦の戦後処理をするパリ講和会議によって、パラオはドイツの植民地支配を脱し日本の委任統治領になりました。

30年近く日本の統治下であったパラオですが、ドイツの統治下ではほとんど進んでいなかった学校や病院、道路などのインフラ整備を進めるとともに貨幣経済浸透と日本語教育がおこなわれました。

ペリリュー島は、旧首都がおかれていたコロール島の南西に位置している面積はおおよそ13km2の小さな島です。

昭和19年9月15日米軍によるペリリュー初上陸が行われました。
(海岸からの戦­艦等によるに艦砲射撃後がおこなわれたあとに上陸作戦が開始)。

米軍の計算では数日で陥落させる予定­が、一斉の日本軍の射撃、砲撃にあり反撃をくらい小さな島であるが陥落までに2か月以­上を要しました。

日本軍の死者約11000人、米軍の死傷者約8000人。
アメリカが攻めて来るのを事前に察知し、戦闘にペリリュー島民を巻きこまないように、­島民を本島のほうへ移しました。しかし、そんな中、一部のペリリュー島民はペリリュー­島決死隊を結成し、日本軍と一緒にアメリカと戦いました。

書籍購入「立入禁止国家」

久しぶりに書店にいくと興味深い本が置かれていたので購入!お題は「立入禁止国家」
本が売れる秘訣としては、題名も大袈裟に興味をそそるものがよいのですが、印象深い題名です。(自分も本を出す時は印象深い題名にします)

内容はそこまで大したものではないですが中々興味深い本です。ここに載っている国で自分が行った国は複数ありますが
大袈裟というかそこまで危険ではないんだけどなと思いました。

これはある研究会が書いている本ですが、現地踏査してではなくいろいろなところから情報を収集して作成している本だと実感しました。

例えば、旧ユーゴスラビア連邦のコソボですが
2008年にセルビアから独立宣言。日本を含めた世界
100か国が独立を認めている国ですが、80か国以上は
コソボ独立を認めていない国です。

コソボ紛争、当事国となったセルビアの首都のベオグラードに1999年にNATOが空爆をしたのは記憶に新しいと思います。コソボ紛争勃発時は危険な地域、すなわち現在のイラクやシリアに向かうようなものです(ISは日本人も標的にしていることを考えるとIS支配域への潜入は自殺行為)

2年9か月前にコソボに潜入した時に
マケドニアから潜入しましたが、国境地帯で
怪しまれ入国出来るか心配になるほどですが
何とか入国に成功。

実際にまわってみるとそこまで危険でないと現地踏査で
わかったものです。

これは、3月に訪問した東ティモールも同じです。
東ティモール紛争の印象が強いので
潜入感として東ティモール=危険と今でも
思う方がいると思いますが、実際訪れてみると
そうでもない事がおおいものです

まあ、海外慣れした当方ですので
単身潜入しても危険だと思わないのかもですが。

いずれにしろ、海外渡航に一段落つけてから
このような本を出版していきます。

パラオ・日米激戦地ペリリュー島の飛行場 !

パラオ・日米激戦地ペリリュー島の飛行場 !国際ジャーナリスト大川原 明!現地ルポ!

パラオ・ペリリュー島にある旧日本軍敷設の飛行場

第一次世界大戦に連合国として参加した日本は、第一次世界大戦では戦勝国となり、敗戦国となったドイツの植民地であったパラオは、第一次世界大戦の戦後処理をするパリ講和会議によって、パラオはドイツの植民地支配を脱し日本の委任統治領になりました。

30年近く日本の統治下であったパラオですが、ドイツの統治下ではほとんど進んでいなかった学校や病院、道路などのインフラ整備を進めるとともに貨幣経済浸透と日本語教育がおこなわれました。

ペリリュー島は、旧首都がおかれていたコロール島の南西に位置している面積はおおよそ13km2の小さな島です。

昭和19年9月15日米軍によるペリリュー初上陸が行われました。
(海岸からの戦­艦等によるに艦砲射撃後がおこなわれたあとに上陸作戦が開始)。

米軍の計算では数日で陥落させる予定­が、一斉の日本軍の射撃、砲撃にあり反撃をくらい小さな島であるが陥落までに2か月以­上を要しました。

日本軍の死者約11000人、米軍の死傷者約8000人。
アメリカが攻めて来るのを事前に察知し、戦闘にペリリュー島民を巻きこまないように、­島民を本島のほうへ移しました。しかし、そんな中、一部のペリリュー島民はペリリュー­島決死隊を結成し、日本軍と一緒にアメリカと戦いました。

【治安注意喚起】パキスタンの安全情報に関して!安いツアーはあるのか?

【治安注意喚起】パキスタンの安全情報に関して!安いツアーはあるのか?国際ジャーナリスト大川原 明!解説!

東ティモール・ディリ・日本からのODA援助に対しての感謝の碑!

日本からのODA援助(資金と技術)に対しての感謝の碑を発見。ディリ市内にある施設を訪問。

べモス~ディリにおける水の供給システムのプロジェクト(緊急改善)

2つの日本の会社が入ってますが
コンサルタント(事前調査等)は
名古屋に本社がある三祐コンサルタンツという建設コンサルタント会社。

施工の建設会社は大日本土木。

世界各地で日本はODAによる資金と技術援助をしていますが
日本の周辺にある2国をのぞき日本の貢献に
対して感謝をしています。対日感情のさらなる向上。

建設系の援助に関しては
日本の企業が入り、日本の企業にお金が
落ちています。

こういった日本の他国への援助は外交的
に有利に働くだけでなく日本企業の
企業活動にも有利になっています。

コソボ・プリズレン市の城塞からの絶景

コソボ南西部中心都市であるプリズ­レ­ン。
プリズレンには城塞跡があるのであすが、そこからの景色は絶景です。城塞まで登るのに歩いて20~25分程です。

コソボ、アルバニアはイスラム教徒のアルバニア­­人の国です。モスクがいたることにあります。

シンガポール・日本人墓地!寺内寿一元帥?二葉亭四迷?蚊取り線香の?

シンガポール・日本人墓地!寺内寿一元帥?二葉亭四迷?蚊取り線香の?国際ジャーナリスト大川原 明!現地ルポ

【海外日本人墓地慰霊】
現地実録新動画アップ!今回のお題は、シンガポール・日本人墓地!寺内寿一元帥?二葉亭四迷?蚊取り線香の?

シンガポールの郊外にある日本人墓地を慰霊訪問

意外と知られてませんが、明治時代には既に多くの
日本人がシンガポールに住んでいました。
明治時代には既に日本人会が発足し、当時の日本人会
によってイギリス植民地政府より許可を得て
現在の場所に日本人墓地建立。

シンガポールで亡くなられた日本人。
南方軍総司令官の寺内寿一元帥のお墓
ロシアからの留学の帰りにベンガル湾上で船上で亡くなった浮雲などで知られる文豪・二葉亭四迷がシンガポールで火葬された経緯から碑があります。

他に先の大戦で亡くなられた
軍人、軍属を祀る慰霊碑もあります。

イギリス・ロンドン・英国会議事堂付近テロ!被害者にならないためには?

イギリス・ロンドン・英国会議事堂付近テロ!被害者にならないためには?