国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

海外のお土産

【お薦めタイパンツは?注意点?】タイ・バンコクのMBKやパッポンで購入したタイ土産(タイパンツ)

【お薦めタイパンツは?注意点?】タイ・バンコクのMBKやパッポンで購入したタイ土産(タイパンツ)Introducing Thai-pants I bought in Bangkok,Thailand

タイ

バンコク

タイパンツ

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パッポン通り

MBK

台湾・台中・逢甲夜市!

台中市内の若者向けの夜市である逢甲夜市。ファッション系のお店が多く、夜になると屋台が営業し(昼間から営業しているのも多い)、賑やかな夜市。台中では、台中一中街とともに訪れていただきたい場所です。

台湾・花蓮・東大門(福町&自強夜市)夜市!

台湾東海岸北部の中心都市花蓮。早速、夜の街を散策。福町夜市や東大門の自強夜市を訪問。ハナ金なので、かなり多くの人々がおりました。原住民であるアミ族の方々も多く見かけました。

花蓮で最大の夜市は東大門夜市です。福町や自強夜市が重なり、規模は大きいです。多くの飲食店、土産物屋、射的などが楽しめる露店が軒を連ねています。

花蓮は、人口33万人の花蓮県の中心都市です。(花蓮市自体は人口10500人)

台湾東海岸北部の都市で、沖縄の与那国町と姉妹都市提携を結んでいます。花蓮市内には、日本統治時代の名残が残り、近隣は風光明媚な場所が多いです。

台湾・台北・士林市場(士林夜市)・台湾料理&露店!

台湾といえば夜市。(アジア各国ではこういった夜市があります。タイの夜市も好きです。)台北で最大の市場である士林市場での夜市。

数多くの観光客が訪れる市場です。
歴史は古く日本統治時代の1909年に開かれた市場です。

士林市場は、1909年開場の施設の老朽化による衛生上・安全上の問題があったため、台北市政府は大規模改修をするため、2002年10月14日に同市場を閉鎖し、代替施設として剣潭駅前に「士林臨時市場」が設置されました。

臨時市場は2002年11月25日に営業開始し、士林市場にあった飲食店の多くが臨時市場に移転しました。

市場の中には、日本の縁日にあるような射的などのゲームがありますし、服飾やカバン、雑貨などの土産物店。南国特有の果物が売られている果物店、台湾や大陸の料理が食べれる店が多く軒を連ねています。

【世界各国のお土産】ブルガリアのお薦めのお土産!バラ製品!

薔薇の生産地カザンラクにあるお土産屋で薔薇製品購入。薔薇の石鹸、ハンドクリーム、入浴剤、歯磨き粉等。店のオーナーや従業員が日本語話せました。お土産を多く買ってもらい喜んでいました。
家族や世話になった方々へのお土産。

ブルガリアは薔薇で有名な国です。ブルガリア中部内陸部はバラの谷と呼ばれる一大生産地です。バラの収穫は5月末。そしてバラ祭りと呼ばれる祭りが6月の初めに開催され、同国の首相や大統領がバラ祭りの時期に訪れます。

バラの谷でも中心となるのがカザンラクとカルロヴォです。
バラ祭りの時期になると国内外から数多くの観光客が訪れます。

カザンラクは、スタラ・ザゴラ州にあり、バルカン山脈麓のカザンラク平原に開けた都市です。カザンラクはブルガリアでは10番目に大きな工業都市で、2006年現在の人口は78,938人です。ローズオイル生産の中心地です。

平成28年(2016年)8月23日~31日にブルガリア政府観光庁の招待旅行(ファムトリップ)に参加しました。ブルガリアは平成24年(2012年)7月に訪問して以来2回目の訪問です。前回はソフィアだけですが、今回は、多くの都市を訪問しました。

訪問した都市は、ソフィア→プロヴディフ→シプカ峠付近→カザンラク→カルロヴォ→ヒサリャと訪問。ソフィアからブルガリア中部を周りました。政府観光庁がミニバスを手配してくれたので、それに乗り、日本に13年間住んでいたブルガリア人の日本語ガイドの方に案内してもらえました。

ブルガリアは、東ヨーロッパの共和制国家です。 バルカン半島に位置し、北にルーマニア、西にセルビア、マケドニア共和国、南にギリシャ、トルコと隣接し、東は黒海に面しています。首都はソフィアです。住民は、 スラヴ系のブルガリア人が83.9%、トルコ人が9.4%、移動型民族のロマ人が4.7%。

ブルガリアの料理は、周辺のバルカン半島諸国と類似するものが多く、ひき肉料理や煮込み料理、シレネと呼ばれるヤギの乳からつくられるチーズ、ヨーグルトなどが代表的。ヨーグルトに相当する醗酵乳食品は他の国にも存在するが、ブルガリアのヨーグルトが日本のみならず世界的に有名になっている。これはロシアの微生物学者イリヤ・メチニコフが、ヨーグルトは長寿に効果があるとしてヨーロッパ中に広めたからである。