国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

国際情勢

海外空港事情!賄賂さえあげれば黙認してもらえる?横浜の夫婦がケニアからの麻薬密輸を事例に!

横浜の夫婦がケニアから覚醒剤密輸。家族旅行を装い、運び屋として1回あたり、400~1000万円の報酬を受け取っていたようだ。
30キロ、末端価格は18億円。航空機手荷物からの押収量としては過去最大の押収量

今回、動画で言及させていただきたいのは
海外空港事情!賄賂さえあげれば黙認してもらえる?横浜の夫婦がケニアからの麻薬や密輸を事例に!

【事件詳細・以下、毎日新聞記事より抜粋】
ケニアから航空機の手荷物で覚醒剤約30キロ(末端価格約18億円相当)を密輸したとして、神奈川県警が神奈川県座間市座間2、ペットショップ経営、佐藤一貴容疑者(43)と妻の夏美容疑者(34)を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで逮捕していたことがわかった。横浜税関は23日、2人を関税法違反の疑いで横浜地検に告発した。航空機の手荷物から押収された覚醒剤の量としては過去最大という。

税関によると、2人は子供の休みに合わせて家族でケニアに渡航していたが、一家はケニアのホテルからほとんど外出していなかったとされ、家族旅行を装って密輸を計画していたとみられる。佐藤容疑者は県警の調べに「私がやったことで妻は関係ない」と述べ、夏美容疑者は容疑を否認しているという。
 逮捕容疑は、2人は4月4日夜、手荷物として預けたボストンバッグの中に、コーヒー豆の袋に小分けした覚醒剤約30キロを隠し、ケニアの空港から羽田空港へ密輸したとしている。税関職員が気付き、県警に身柄を引き渡した。

 県警薬物銃器対策課や税関によると、佐藤容疑者は「横浜市内のバーであった外国人の男に密輸を頼まれた。家族旅行なら怪しまれないと言われた」と話しているという。これまで覚醒剤を複数回密輸し、400万~1000万円の報酬を受け取っていたとみられ、県警が調べている。

【航空マニア必見】沖縄県嘉手納町・嘉手納基地!様々な軍用機

25年ぶりに嘉手納基地に。
知る人ぞ知る米空軍の基地。

基地の総面積は、約19.95km2。3,700mの滑走路2本を有し、200機近くの軍用機が常駐する極東最大の空軍基地である。

滑走路においては成田国際空港(4,000mと2,500mの2本)や関西国際空港(3,500mと4,000mの2本)と遜色なく、日本最大級の飛行場の一つということになっている。

米軍の所在部隊は
・第18航空団
・第353特殊戦航空群
・第733航空輸送隊
・第82偵察隊
・第390情報隊

米軍に関して
日本が真の独立国となるには戦後にアメリカ、GHQにより
押し付けれた憲法を後生大事にし、アメリカのコマとしての
日本ではなく日本自らが自国の領土を米軍無しで守っていけるようにすることが本当の意味での真の独立国家である。(もちろん押し付け憲法下では
日本単独で周辺諸国の脅威を払拭するの不可能に近く米国頼りにならざるを得ないのは事実である=これも米国の思う壷。今、米軍基地が撤退すれば中国や北朝鮮の脅威に耐えられなくなるのも実情。)

戦後のGHQによる公職追放などにより
戦後、保守と称される人々がアメリカの顔色を伺うものばかり。
基地反対派をみれば
大陸寄りの共産党や社民党、沖縄大衆党の左派に毒された人々も多いのであるが、沖縄の基地問題は非常に複雑で一言では語れない。

政治的な話しを言及するときりがないので
ここら辺でやめておくが、嘉手納基地を一般人が見る場合
道の駅嘉手納の最上階か安保の丘である。

ここにくる人々は左右の思想問わず訪れているが
右も左も分からない、政治に興味がない人々もかなりの数訪問している。
政治思想なく単なる軍事オタクの人々やメディアに写真を卸している人々も多くいる。
良い写真を撮るには望遠を持参すべきである。
300mmの望遠で撮影しましたが良い写真と映像を撮ることが出来た。
でも400~500ミリの望遠があったほうがいい。

沖縄県名護市・辺野古移設反対派テント視察!現地ルポ!

普天間基地移設の移転先となるであろう名護市の辺野古を訪問。在日米海兵隊の基地で第3海兵師団戦闘強襲大隊、 同第4海兵連隊、歩兵大隊などが駐留。

キャンプシュワブ周辺は「辺野古社交街」として、1960年代までは米兵で賑わう英語表記のスナックやバーで賑わう歓楽街でした。今ではそういったバーやスナックが普通の飲食店になっていたりしますが当時の面影を少し感じ取ることが出来る。

前々から噂になっていた場所を訪問し、
聞き取り調査&撮影(写真と動画)。

噂どおり辺野古移設反対の人々がテントを建てて
米軍に対して抗議。
テントにいた人々の人数は100人程で多くが60代~70代でしたが20代~40代の人々も少なからずいました。
沖縄の人々と本土からの移住もしくは遠征組と混じっていた。
小生は諜報のプロですので顔を見ただけで民族の違いを認識できたり、人物を見極めれる自信があります。
目視や話しをしてみていわゆるプロ市民(共産社会主義革命=全共闘世代や全学連など)もいればそれにおどらされている人々も。

対峙する側は
民族派でなければ媚米の幸福の科学や統一教会信者であることが多いのですが。(沖縄で保守を自称する団体は幸福の科学か統一教会系が多数を占める。本人達は否定するが、調査で証拠撮りされている。⇒国連にいっている連中とか)

沖縄県・那覇市と豊見城境・海軍司令本部壕

【沖縄戦の戦跡地巡り&慰霊①】
沖縄県豊見城市と那覇市の市境に位置する海軍司令部壕。
日本で唯一の陸上線である沖縄戦で大日本帝国海軍の司令部として使用された防空壕。

昭和19年、先の大戦において
絶対国防圏を守る上での最重要拠点であるサイパンやグアムなどのマリアナ諸島やパラオ戦線やフィリピン戦線での敗北でそれらを失い、敗色が強まってきました。

戦線が南西諸島付近まで後退したため最前線となった沖縄の軍備が強化されることになりましたが、沖縄における重要な軍事拠点の一つであった小禄飛行場(現在の那覇空港)を守るための防空壕を建設することになりました。

昭和19年8月10日に着工されましたが、実際には十・十空襲以降に始められ同年12月に完成しました。

壕はかなり深さがあり、枝分かれした全長約450mの坑道といくつかの部屋からなり、砲撃に耐えられるよう重要な部屋はコンクリートや漆喰で補強されています。
部屋は作戦室、幕僚室、司令官室、暗号室、医療室、下士官室、兵員室、発電室があり広大な壕です。

昭和20年1月20日から大田実海軍中将が沖縄方面根拠地隊司令官として赴任し現地の指揮を執ることになりました。
アメリカ軍による本格的な攻撃は3月23日頃から始まりましたが、3月31日には那覇市の北西沖約10キロメートルに浮かぶ神山島に上陸し、4月に入ると島に設置された砲台や海上艦船からの攻撃も始まりました。

6月4日午前5時、アメリカ軍は小禄飛行場の北部に上陸し司令部壕のある那覇市南西部を包囲。

6月11日朝、司令部壕に米軍の集中攻撃が加えられ、同日夜には司令部壕からの最後の報告として海軍根拠地隊が玉砕したとの電報が発せられました。
6月13日に大田司令官は自決を遂げ小禄地区における組織的な戦闘は終結し、戦線は南部に。

司令官室には
壁面に大田司令官の愛唱歌「大君の御はたのもとに・・・」の墨書が残されています。

戦後の調査で壕内からは大田司令官をはじめとして800名以上の遺骨が収集された、昭和33年には更に1500名以上の遺骨が収集され、沖縄海友会によって海軍慰霊之塔が建立されました。

沖縄は綺麗なビーチが多く見所が多いですが
先の大戦では日本唯一の陸上戦がおこなわれ、約20万人の方が犠牲になった場所です。沖縄を訪れるのあればこういった戦跡や慰霊をしていただきたいと思います。

沖縄・米軍・嘉手納基地!安保の丘&道の駅嘉手納から撮影

25年ぶりに嘉手納基地に。
知る人ぞ知る米空軍の基地。


基地の総面積は、約19.95km2。3,700mの滑走路2本を有し、200機近くの軍用機が常駐する極東最大の空軍基地である。

滑走路においては成田国際空港(4,000mと2,500mの2本)や関西国際空港(3,500mと4,000mの2本)と遜色なく、日本最大級の飛行場の一つということになっている。

米軍の所在部隊は
・第18航空団
・第353特殊戦航空群
・第733航空輸送隊
・第82偵察隊
・第390情報隊

米軍に関して
日本が真の独立国となるには戦後にアメリカ、GHQにより
押し付けれた憲法を後生大事にし、アメリカのコマとしての
日本ではなく日本自らが自国の領土を米軍無しで守っていけるようにすることが本当の意味での真の独立国家である。(もちろん押し付け憲法下では
日本単独で周辺諸国の脅威を払拭するの不可能に近く米国頼りにならざるを得ないのは事実である=これも米国の思う壷。今、米軍基地が撤退すれば中国や北朝鮮の脅威に耐えられなくなるのも実情。)

戦後のGHQによる公職追放などにより
戦後、保守と称される人々がアメリカの顔色を伺うものばかり。真の国士は一部の民族派くらいなものか。
基地反対派をみれば
大陸寄りの共産党や社民党、沖縄大衆党の左派に毒された人々も多いのであるが、沖縄の基地問題は非常に複雑で一言では語れない。

政治的な話しを言及するときりがないので
ここら辺でやめておくが、嘉手納基地を一般人が見る場合
道の駅嘉手納の最上階か安保の丘である。

ここにくる人々は左右の思想問わず訪れているが
右も左も分からない、政治に興味がない人々もかなりの数訪問している。
政治思想なく単なる軍事オタクの人々やメディアに写真を卸している人々も多くいる。
良い写真を撮るには望遠を持参すべきである。
300mmの望遠で撮影しましたが良い写真と映像を撮ることが出来た。
でも400~500ミリの望遠があったほうがいい。

日本にカジノ施設設置へ!IR(カジノ)法案!カジノ設置における利点と不利点

日本にカジノ施設設置へ!IR(カジノ)法案!カジノ設置における利点と不利点

26日、カジノを含む統合型リゾート(IR)施設について、カジノが開業できる区域数を全国で3カ所とする方向で調整に入りました。
都道府県か政令指定都市がIR事業者と共同整備計画を作成し、国土交通相が審査して区域を認定する見通し。
28日にも与党に方針を示し、了承が得られれば、今国会に提出を目指すIR実施法案に盛り込む予定である。

 カジノの解禁は平成28年に成立したIR整備推進法で決まった。カジノ運営の具体的制度に関してはIR実施法案で定めることになっています。

 カジノを含むIRの設置場所の数をめぐっては、ギャンブル依存症を不安視して絞り込みを求める意見がある一方、大阪府や北海道、長崎県、愛知県、横浜市など複数の自治体で誘致を目指す動きがあり、自民党内には拡大論も根強い。与党は3カ所とする政府案をたたき台に、何カ所認めるか慎重に検討するとのことです。

かつて競艇、オートレース、競輪、競馬などの公営ギャンブルからパチンコ、スロットなどの私営ギャンブルに嵌り、ギャンブル依存症に苦しんだ私です。
海外においては韓国、ベトナム、フィリピン、シンガポール、カナダ、エストニア、スペイン、オーストラリア、イギリス、ブルガリアのカジノを視察訪問。実際にブラックジャックやポーカー、スロットマシーン、ルーレットを経験してきました。
様々なギャンブルに手を出してきた私がカジノIR法案に関して語る

民泊問題に関して言及!ヤミ民泊も横行?国内外の簡易宿・民泊施設を利用者が語る

民泊問題に関して言及!ヤミ民泊も横行?国内外の簡易宿・民泊施設を利用者が語る!

訪日外国人観光客が増加の一途を辿っています。
今から15年程前に小泉元首相が掲げた訪日外国人観光客増やす施策であるVISITキャンペーン。
それ以降、訪日外国人観光客は右肩上がりでした。(東日本大震災の年と翌年は除く)
そして、4年程前に安倍首相により、東南アジア諸国への査証緩和。
これにより、年間の訪日外国人観光客は2000万人を突破しました。
少子高齢化、経済低迷の日本、海外旅行志向が強くなった日本人。
それらにより、日本の観光地は悲鳴をあげていたのですが、訪日外国人観光客により利益をあげてきているようです。
これからますます、訪日外国人観光客数は増加し、それらへのビジネスチャンスは広がってくると思います。

今まで閑古鳥がないていた
日本国内宿泊施設は訪日外国人観光客により潤っているのは事実。
宿泊施設が足りない状況が続き、数年前から民泊が国内でも流行っています。
しかし、8割の民泊業者は自治体に申請を出していない所謂、ヤミの民泊業者。
アメリカ人男性観光客がSNSで出会った日本人女性を殺害。
民泊施設が犯罪の場になりました。