平成26年(2014年)8月に2年ぶりにイタリアを再訪。イタリアの南部のナポリを訪問。そこから古代遺跡で有名なポンペイやソレントを訪問。

ソレントの町から古代都市ポンペイが壊滅する要因となったヴェスヴィオ山(火山)を観察。
ここソレントは、日本の映画の舞台になったアマルフィへの拠点となる町です。
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国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明
アキーラさんユーチューブチャンネルは下記
平成26年(2014年)8月に2年ぶりにイタリアを再訪。イタリアの南部のナポリを訪問。そこから古代遺跡で有名なポンペイやソレントを訪問。

ソレントの町から古代都市ポンペイが壊滅する要因となったヴェスヴィオ山(火山)を観察。
ここソレントは、日本の映画の舞台になったアマルフィへの拠点となる町です。
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平成26年(2012年)8月に2年ぶりにイタリアを再訪!ローマからイタリアの高速列車フレッチャロッサを使い、イタリア南部最大の都市であるナポリを訪問。
ナポリ到着後、歩いて駅から2キロ程の距離の宿にいきました。チェックイン後、ナポリ市内を散策。港周りからの街並み。
ナポリで感じた事は、ゴミが道端に非常に多い事です。あまり綺麗な町ではないですね。浮浪者も多いですし、東南アジアでよくみられる信号待ちしている車の窓拭きお金を得ている人々も多かったです。
日本でも都道府県により格差はありますが、(豊かな県とそうでない県等。)イタリアは南にいけば行くほど経済は遅れております。
、イタリア南部にある都市で、その周辺地域を含む人口約96万人の基礎自治体(コムーネ)。カンパニア州の州都であり、ナポリ県の県都でもある。ローマ、ミラノに次ぐイタリア第三の都市で、南イタリア最大の都市である。都市圏人口は約300万人。
ナポリは、ナポリ湾に面した港湾都市であります。
風光明媚な景観から「ナポリを見てから死ね」(日本のことわざでいうところの「日光を見ずに結構と言うな」)と言われ、温暖な気候から観光都市としても知られています。
旧市街地は「ナポリ歴史地区」として世界遺産に登録されております。
ナポリ周辺にも、ヴェスヴィオ火山やポンペイの遺跡、カプリ島などの観光地を有する。 イタリア第二の港町
製鉄、製油、化学、自動車、航空機、食品加工などの工業も盛ん出ございます。
1980年には地震により大きな被害を受けた100万都市です。旧市街は世界遺産に登録されております。
また、ナポリはマフィアの街としても知られ、傘下団体約130、構成員約6300人がいるカモッラの拠点として知られている。
平成26年(2014年)8月に旧ユーゴスラビアのクロアチアを2年ぶりに再訪。そして、そこからアドリア海を渡り、フェリーでイタリアのバーリへ渡りました。夜出発して翌朝バーリに到着です。
バーリは、イタリア共和国南部の都市で、その周辺地域を含む人口約32万人の基礎自治体(コムーネ)。プッリャ州の州都であり、バーリ県の県都である。
アドリア海に面した港湾都市であり、東地中海の国々と広範囲な貿易をおこなう商業の一大中心地である。サンタクロースのもととなった聖人ニコラオス(聖ニコラ)ゆかりの地として巡礼地ともなっている。
バーリはバーリ県北部、アドリア海沿岸の都市で、アンドリアから南南東へ約50km、ターラントから北北西へ約79km、ブリンディジから北西へ105km、ナポリから東北東へ約220km、首都ローマから東南東へ約374kmの距離にある
国際ジャーナリスト大川原 明言及!
亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。チュニジアの首都のチュニスで観光客襲撃テロ!邦人3人死亡、3人負傷!
北アフリカはこないだモロッコにいったばかりですが、エジプトやアルジェリアで邦人が過去に殺害されております。
チュニジアは日本人にとい観光的にはそんなに有名ではないのですが、パッケージツアー等もいくつかの旅行会社は組んでおります。治安はそこまで悪くはなかったはずですが。
イスラム諸国に渡航する事は覚悟を決めて出かけねばなりません。
チュニジアは訪問予定でしたが渡航するか否かを検討します。生きるか死ぬかは運です。今まで世界59か国渡航(海外長期4か国計6年)し、一度も自身が危険な目に遭ったことはないのは、危機管理能力を発揮し、危機回避のための様々な努力をしてきたからです。しかし。運も大きいのです。
イスラム諸国は世界一周再開し、多くの国々に訪問しますが、現地より発信します。今まで訪問したイスラム諸国はマレーシア、インドネシア、ブルネイ、バングラデシュ、コソボ、モロッコです。
ちなみにマスメディアは欧米からのISIL(自称イスラム国)参加の若者が多いと言っておりますが、真実を伝えておりません。
欧米からのISIL参加者=祖先が中東出身で中東諸国からの移民の子孫がほとんどです。顔と名前をみれば分かる事です。
(ニュース記事)
チュニジアのカイド・セブシ大統領は2015年3月18日、首都チュニスの博物館を襲撃して日本人3人を含む19人を殺害した実行犯2人について、イスラム過激派組織「アンサール・シャリーア」が関与したテロと断定した。フランスのテレビ局とのインタビューで明らかにした。
実行犯2人はチュニジア人で、現場で治安部隊に射殺された。
シド首相は、死者の中には日本人5人のほか、イタリア人4人、フランス人1人、ポーランド人1人、コロンビア人2人、オーストラリア人1人、スペイン人2人が含まれていると明らかにした。
現場にいた観光バスの運転手は記者らに「彼ら(武装集団)は、観光客らがバスから降りると、いきなり観光客に向かって発砲を始めた」と証言した。
当局者によると、多数の観光客が博物館に逃げ込んだが、武装集団は観光客を人質に取って館内に立てこもった。その約2時間後、治安部隊が突入し、集団の2人を殺害、人質を救出した。武装集団の所属組織などは分かっていない。
テレビ映像では、治安部隊に保護されながら数十人が走って避難する様子が確認できる。中には高齢の外国人や、子どもを抱えて逃げる男性もいた。
ケリー米国務長官は、事件を強く非難する声明を発表し、安全で民主的な国づくりを目指すチュニジア政府への支援を継続する意向を表明した。
チュニジアでは2011年に政変が起き、リビアやエジプト、シリア、イエメンなどに波及した「アラブの春」の発端となった。チュニジアでは政変後、新憲法の施行や議会選が行われ、混乱の続く他国と異なり民主化のモデルとなっていた。
チュニジアの治安部隊は、米政府がテロ組織に指定するイスラム過激派組織「アンサル・シャリア」などと衝突したことはあったが、過激派の攻撃はアルジェリアとの国境近くなどに限られていた。
来月、天皇皇后両陛下がかつての日本の委任統治領であるパラオを訪問されます。
先の大戦で亡くなられた方々もお喜びになることでしょう。
私自身、平成25年(2013年)6月にかつての日本の委任統治領であるパラオを訪問し、日米の激戦地になったペリリュー島を訪問しました。

マラカル島からボートで約1時間到着。日章旗と旭日旗を掲げた。雨季で天気が他の滞在日は悪かったが、この時は、英霊の方々が歓迎してくれたのか清々しい天気でありました。
空からの空爆、沖からの艦隊による艦砲射撃で破壊されているが、その当時の姿で残っております。
昭和19年9月15日米軍によるペリリュー初上陸が行われたた。(海岸からの戦艦等によるに艦砲射撃後に)。(オレンジビーチ)米軍の計算では数日で陥落させる予定が、一斉の日本軍の射撃、砲撃にあり反撃をくらい小さな島であるが陥落までに2か月以上を要した。日本軍の死者約11000人(玉砕)、米軍の死傷者約8000人。祖国を守るために戦われて命を落とした英霊の方々に感謝の意を表するとともに慰霊をさせていただきました。
アメリカが攻めて来るのを事前に察知し、戦闘にペリリュー島民を巻きこまないように、島民を本島のほうへ移しました。しかし、そんな中、一部のペリリュー島民はペリリュー島決死隊を結成し、日本軍と一緒にアメリカと戦ったのでした。
義理と人情を重んじる侍・武士道国家の日本。日本は素晴らしい国でした。
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国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明
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平成26年(2014年)8月にイタリアのボローニャを訪問しました。
ボローニャは、イタリア共和国北部にある都市で、その周辺地域を含む人口約37万人の基礎自治体(コムーネ)。エミリア=ロマーニャ州の州都であり、ボローニャ県の県都でもある。
アペニン山脈とポー川の間にあるポー川谷に位置する。1088年創立と、西欧最古の大学ボローニャ大学(ラテン語名アルマ・マタル・ストゥディオルム)がある。また、ボローニャはイタリア有数の発展した都市である。ボローニャのイタリア国内での生活の質の高さは常に10位以内に入る。
これは強力な工業都市としての伝統と、都市の位置によるものである。ボローニャは国で最も重要な高速道と鉄道が交差する地点にある。同様に、高度に発展した社会サービスが広範囲に行われている。
イタリア北東部、エミリアロマーニャ州の都市ボローニャにある塔の通称。旧市街中心部、ポルタラベニャーナ広場にある2本の塔を指す。約97メートルのアジネッリの塔と、約48メートルで傾きが大きいガリゼンダの塔からなる。いずれも神聖ローマ皇帝派の貴族により教皇派に対抗して建てられたもの。
平成26年(2014年)8月に世界で5番目に小さな国&世界最古の共和国であるサンマリノを訪問。2泊3日しました。
サンマリノの観光名所である世界遺産のティターノ山の城塞を訪問しました。塔が3つあります^_^それぞれ中世に建てられたものです。750m付近からの景色は最高です^_^
平成26年(2014年)8月に再訪のイタリアのローマ。2年ぶり4度目の訪問。バチカン市国の近くにあるサンタンジェロ城を再訪。
テヴェレ川右岸にある城塞である。日本語訳によっては、聖天使城、カステル・サンタンジェロとも呼ばれる。 正面にはサンタンジェロ橋(ponte Sant’Angelo)があり、わずかに離れた場所にあるバチカンのサン・ピエトロ大聖堂とは秘密の通路で繋がっているといわれている。
135年、ローマ帝国の皇帝でいわゆる「五賢帝」のひとりハドリアヌスが自らの霊廟として建設を開始し、アントニヌス・ピウス治世の139年に完成した。霊廟はきれいな円形平面をなし、太陽を象徴したハドリアヌスが戦車を引く像が頂上に設置された。しばらくすると軍事施設として使用されはじめ、403年にはアウレリアヌスの城壁の一部に組み入れられた。
平成26年(2014)年8月にクロアチアのドブロブニクを2年ぶりに再訪。
旧市街内には多くのアイスクリーム屋がありますが、そこでアイスクリームを堪能しました★
他の欧州諸国に比べ物価は安いのですが、ドブロブニクは他のクロアチアの都市よりも観光地の分、物価が高いです
アキーラさんで活動してきたタイのバンコク駐在時に作成(ちょうど、バンコクでUDDデモが悪化し、外出禁止令が出て、自宅待機していた自宅マンションで)4年10か月前に作成したYouTubeアカウントである憂国の旅人アキーラ旅チャンネルを新しくもう一つ作成しました。国内外の主に旅ネタ動画です。
理由として、6500程の動画をアップし、全ての動画管理をするのが難しくなった点(アップ動画が3000動画超えると管理画面でそれより前の動画が管理できなくなる=検索で探すしかない)が主にあります。
チャンネル登録者の事を考えると、そのまま古いチャンネルを使い続けたかったんですが、新しいのを作成しました。(古いチャンネルもこれからも使用し続けます。動画もアップしていきますが。)
これからは主に新しいほうのチャンネルに動画アップしていきます。
こちらは旅チャンネルですので、直接この足で世界各地を周り自分の目で見て撮影してきた動画、国内(日本1周予定)を周りとってきた動画をアップします。
こちらは、動画はそのまま入れ込み、特に編集なしでいれていきます。
編集動画は別チャンネルでアップ。
昨年の欧州周遊旅行時に撮影動画と昨年、下半期の日本国内動画1500程がまだアップしきれておりませんのでこちらにアップしていきます。
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