【治安注意喚起】タイのバンコクで日本人が狙われている?チェンマイやプーケットなどの地方都市でも?日本人を主に狙った『お金(お札) 見せて詐欺』被害が続出!?
【治安注意喚起】タイのバンコクで日本人が狙われている?チェンマイやプーケットなどの地方都市でも?日本人を主に狙った『お金(お札) 見せて詐欺』被害が続出!?
出版本『日本人のための世界探訪記-百か国を巡る旅から学ぶ』海外旅行のバイブル!海外歴26年、104か国渡航、海外在住10年の元旅行会社社員による旅のバイブル!海外戦跡地、海外慰霊、危険回避術、タイなど
出版本の発売開始。
Amazonから購入出来ますが
購入いただければ幸いです。
題名は『日本人のための世界探訪記』
世界人類皆兄弟、地球市民的な考えを持っていた小生。海外での活動、国際交流、国際経験が増すにつれて
日本人としての意識も増していきました。
国際派日本人として思うことも文に
したためています。
2025年4月27日『ラジオ日本』の番組出演『マット安川』さんの『価値組Sunday』に出演-経歴や海外の話し、戦時中のウクライナやミャンマー国境地帯の詐欺拠点の話し、大好きな国タイや出版本に関して
そろそろ前にお伝えした本が販売となります。
帰国後すぐにラジオ日本の番組にお誘いをいただき
ミッキー安川さんの息子さん『マット安川』さんの『価値組Sunday』に出演させていただきました。
2週連続の収録を先日
港区麻布台のスタジオで収録しました。
番組内容は自己の経歴や海外歴
海外の話しや出版本に関してのお話をさせていただきました。
【夜の歓楽街】タイ・パタヤのセカンドロード→ソイブッカオまでの夜の繁華街(歓楽街)を散策!ソンクラン水かけ祭りSecond road to Soi Buhkao,Pattaya,Thailand
クンユアムの中心街から4、5キロ離れた場所にある木造の本堂とビルマ様式の仏塔が美しい寺『ワット・トーペー』内にある
日本兵慰霊碑(タイ-ビルマ戦病没者鎮魂之碑)
先の大戦下、日本軍の野営地だった場所でビルマへの進軍路だった場所に建っています。終戦間際にビルマ戦線から逃がれてくる日本兵の最初の休息地だったようです。
1人の日本人として、焼香、合掌、慰霊をさせていただきました。
今後も海外慰霊活動を続けていきます。
※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影
使用レンズはF2.8 24-70㎜のレンズ

10年ぶり2回目のメーホーンソン。前回同様、クンユアムのタイ日友好記念館を日帰り訪問。クンユアムからメーホーンソンに戻る道中にスクーターをとめて慰霊した日本兵士鎮魂之塔。

車や2輪を運転していると見落とす可能性が高いですが
多くの方に慰霊訪問していただきたい場所。
クンユアム中心から30キロ程、メーホーンソーン中心から35キロ程の地点。
終戦間際、敗残兵としてビルマからタイへ多くの日本兵が逃れてきました。多くの人々は、その道中で飢えやコレラなどの病気で亡くなりました。

この鎮魂碑は岡山県の倉敷有志の会が平成12年(2000年)に建立したもの。
周辺の集落に住むタイ人が丁寧に草刈りをし
慰霊もしてくれています。日本とタイの友好を感じることができます。
1人の日本人として、焼香、合掌、慰霊をさせていただきました。
今後も海外慰霊活動を続けていきます。
※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影
使用レンズはF2.8 24-70㎜のレンズ

タイ北部の小さな町、ビルマとの国境地帯に近い場所にあるクンユアムを10年ぶりに再訪し、前回同様にタイ日友好記念館を訪問しました。
クンユアムはメーホーンソーンの南約65キロの場所にあります。かつて日本軍が駐留ししていた地です。

インパール作戦による敗退、ビルマ戦線で敗れ多くの日本兵がビルマで亡くなりました。戦争末期から多くの日本兵が同盟国であったタイ国内にビルマから敗残兵として入ってきました。
ビルマからタイにくる道中で飢えやコレラなどの病気で亡くなる日本兵が数多くいました。なんとかクンユアムをに生きて辿り着いた日本兵はクンユアムで現地人に治療、看病されました。

慈悲深い精神をもった人々が多いタイ。
多くの日本兵がクンユアムの人々に世話になり、日本へ無事に帰国する事ができました。
それら日本兵は、水筒やヘルメットや毛布等を世話になった家庭に置いていきました。それらを大切に保管していた人々。

1995年にクンユアムの警察署長として赴任したタイ人が、かつての日本兵とタイ人との交流に興味を持ち、私費を投じてそれらを集めて1996年に博物館をつくりました。
現在はクンユアム市に管理が委託される博物館です。

建物内部には日本兵、日本軍の展示物や写真が数多く展示されています。
建物外の敷地内には慰霊碑が建立されており、前回同様、1人の日本人として焼香、合掌、慰霊をさせていただきました。
※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影
使用レンズはF2.8 24-70㎜のレンズ

タイ北部の小さな町、ビルマとの国境地帯に近い場所にあるクンユアムを10年ぶりに再訪し、前回同様にタイ日友好記念館を訪問しました。
クンユアムはメーホーンソーンの南約65キロの場所にあります。かつて日本軍が駐留ししていた地です。

インパール作戦による敗退、ビルマ戦線で敗れ多くの日本兵がビルマで亡くなりました。戦争末期から多くの日本兵が同盟国であったタイ国内にビルマから敗残兵として入ってきました。

ビルマからタイにくる道中で飢えやコレラなどの病気で亡くなる日本兵が数多くいました。なんとかクンユアムをに生きて辿り着いた日本兵はクンユアムで現地人に治療、看病されました。

慈悲深い精神をもった人々が多いタイ。
多くの日本兵がクンユアムの人々に世話になり、日本へ無事に帰国する事ができました。
それら日本兵は、水筒やヘルメットや毛布等を世話になった家庭に置いていきました。それらを大切に保管していた人々。

1995年にクンユアムの警察署長として赴任したタイ人が、かつての日本兵とタイ人との交流に興味を持ち、私費を投じてそれらを集めて1996年に博物館をつくりました。
現在はクンユアム市に管理が委託される博物館です。
建物内部には日本兵、日本軍の展示物や写真が数多く展示されています。建物外の敷地内には慰霊碑が建立されており、前回同様、1人の日本人として焼香、合掌、慰霊をさせていただきました。

※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影
使用レンズはF2.8 24-70㎜のレンズ