
ボスニアヘルツェゴビナの首都サラエボ。
サラエヴォの町はディナール山脈。
濃厚な森林に覆われた丘陵地と5つの山に囲まれています。想像以上に美しい都市。
ここから数キロの距離に
山の斜面にスルプスカ共和国(セルビア人共和国)との境界線があります。
ボスニアヘルツェゴビナ紛争時はセルビア勢力に包囲され、ボシュニャク人は攻撃を受けていました。
※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影

ボスニアヘルツェゴビナの首都サラエボ。
サラエヴォの町はディナール山脈。
濃厚な森林に覆われた丘陵地と5つの山に囲まれています。想像以上に美しい都市。
ここから数キロの距離に
山の斜面にスルプスカ共和国(セルビア人共和国)との境界線があります。
ボスニアヘルツェゴビナ紛争時はセルビア勢力に包囲され、ボシュニャク人は攻撃を受けていました。
※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影
タイのチェンマイから長距離VIPバスを利用してバンコクに移動。 所用時間は10時間ほど。朝食と昼食の提供があり、座席は大きめで後ろに下げれるので昼寝が気持ちかったです。 料金は1019バーツ(約5100円)でほぼ満員状態でした。
第一次世界大戦時に日英同盟を結んでいた日本は連合国側として参戦。敗戦国となったドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国。
ドイツの租借地であった青島で捕虜となった日独戦ドイツ兵捕虜4715名のうち、徳島県旧板東町(現鳴門市)の坂東俘虜収容所は約1000名を収容。期間は1917年-1920年の3年弱。
所長は会津藩士の子息として生まれた松江豊寿中佐(後の大佐⇒少将)が所長を務め、捕虜に対する公正で人道的かつ寛大で友好的な処置を行ったとしてドイツ国内、世界的な評価が高かった。
捕虜をある程度自由に活動させ、ドイツ人捕虜と日本人との交流は、その後の日独関係の有効に貢献。
1920年4月1日に収容所は閉鎖され、陸軍の演習所として使われた。
戦後は、うち半分残っていた収容所建物は引き揚げ者の住宅として使用され、居住した1人に元プロ野球選手の板東英二氏がいる。
1972年に開館したドイツ館。現在ある建物は1993年竣工の2代目。館内には当時の様子を知る事が出来る貴重な資料や写真、物品などが展示されている。

ドイツ兵捕虜の子孫が日本に来て、板東の人々と交流し、日独の友好を深めている。
俘虜収容所跡地はドイツ村公園として整備され、
当時の収容所の基礎や給水塔跡、敷地内にあった二つの池や捕虜の慰霊碑が残されている。
2006年公開の映画「バルトの楽園」で映画化もされた。
フランスのパリの夜の市街地
シャンゼリゼ通り、凱旋門、セーヌ川&エッフェル塔の夜景の動画。
10回目のパリですが毎回訪れる場所です。
鉄格子に囲まれた狭い空間に詰められた複数の男女。
別の場所では、通路にうずくまるように座り込んでいる様子が映されています。
撮影されたのは、日本から海をまたいで3000km以上離れた国、ラオスの山岳地帯。
そこで、日本人9人を含む17人の男女が現地当局に拘束されていたことが分かりました。
現地当局などによりますと、17日、北東部シェンクワン県で地元警察が特殊詐欺の拠点とみられる建物を摘発。
その際に、中国人4人、台湾出身の4人、そして日本人の男8人と女1人を含めた17人を特殊詐欺に関与した疑いで拘束。
いずれも不法入国したとみられています。
押収されたのは、ノートパソコンや携帯電話のほかに、「警視庁」「警部補」と書かれた“偽・警察手帳”。
日本でも相次いでいる“偽警察官詐欺”のような犯行に使用されていたのでしょうか。
当局は組織的に詐欺が行われていた可能性があるとみて捜査しています。
東南アジアの特殊詐欺の拠点をめぐっては、カンボジアなどで日本人の摘発が相次いでいますが、ラオスで日本人が拘束されるのは初めてとみられます。
カンボジアで摘発を逃れた詐欺グループが、周辺国に散らばっている可能性も指摘されています。
現地の日本大使館は「事実関係を確認中」としています。
【宮崎市‐宮崎海軍航空隊之跡-宮崎特攻基地慰霊碑】
宮崎空港滑走路横にある宮崎特攻基地慰霊碑。
宮崎の赤江飛行場は宮崎海軍航空隊基地として、南九州における本土防衛の重要な戦略的基地でした。

宮崎基地では、海軍航空隊神風特別攻撃隊を主体でしたが、陸軍の特攻機も在籍部隊として発進。とくに陸軍機には海軍の予備学生出身者が、航法士・機長として搭乗して陸海軍共同の特攻隊が編成されました。
宮崎基地から発進した特攻隊員、殉職者を含めて385柱。併せて宮崎県出身者で宮崎基地以外の基地から発進した特攻隊員、訓練中の殉職者、戦傷病死者を含めた陸海軍航空機搭乗員414柱、合計799柱の英霊を合祀してます。
※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影
使用レンズはf2.8 24‐70㎜のレンズ

国際空港があるテルアビブよりも人口が多い100万人を超える大都市。
旧市街が世界遺産に登録されていますが
旧市街近くから新市街を散策。危なそうな輩がちらほらいますが
夜間の人気のない時間は注意が必要です。
今回の動画は
ベトナムのホーチミンのレタントン通り界隈のお薦めラーメン屋2軒と
バー、日本食屋の合計4店舗。

1軒目は
【ホーチミン市街地レタントン通りのラーメン屋『大花火』】
レタントン通りのラーメン屋『大花火』にて京都背脂ラーメン。
色々なラーメンがありましたが
背脂ラーメンに。背脂が少ない感じがしましたが味は美味しかったです。海苔、煮卵、チャーシューなどの具材も美味。
烏龍茶いれて
総額17万ドン(950円ほど)
2軒目は
【ホーチミン市街地にあるバー『HEART OF DARKNESS』】
レタントン通りの北側、リーチューチョン通りにあるバー。ホーチミン中心街で洒落た雰囲気のバーであれば、ここがお勧めです。
ビールは欧米の
クラフトビールを揃えており、
値段はそれなりにしますが
満足度の高いお店です。
2杯注文して
35万ドン(約1900円)
平日はわりと空いてますが
週末は欧米人客中心に混雑します。
3軒目は
【レタントン通りのラーメン屋『豚骨麺屋•一番軒』】
レタントン通りにあるオススメのラーメン屋。名古屋に本社のある(株)ベスモアのラーメン屋『一番軒』の海外店。一番軒はベトナム国内でも店舗展開しています。
レタントン界隈のラーメン屋はどこも程度が高かったですが、私的には一番軒が一番気に入りました。
注文したのは具材がふんだんに入った贅沢豚骨。海苔を追加して替え玉。
スープは濃厚でまろやかな感じ。具材も美味しく
麺の硬さ調整も出来ます。
気に入ったので6日間の滞在中に
2回利用しました。
総額
228000ドン(1300円ほど)
4軒目は
【レタントン界隈の日本食屋『岐阜屋』】
ホーチミン市内のレタントン界隈にある日本食屋『岐阜屋』にて会食。
初めて利用しましたが品数豊富で料理の味も美味しく、従業員の対応も良いです。
ベトナム現地生産のビールと共にいただきました。
予想よりも安く
総額約1100000ドン
一人当たり550000ドン(約3000円)