国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

08月

【慰霊-英霊に感謝】鹿児島県指宿市(旧開門町域)開聞岳の麓、花瀬望比公園の比島戦没者慰霊碑!英霊に感謝して靖国神社、日本全国各地の護国神社参拝!大東亜戦争激戦地、海外慰霊訪問も

【鹿児島県指宿市(旧開門町域)開聞岳の麓、花瀬望比公園の比島戦没者慰霊碑】

指宿温泉の温泉宿に宿泊。久しぶりの指宿温泉でした。今回の九州では九州各地の神風特攻隊、旧日本軍関連の地を周りました。
指宿では花瀬望比公園の比島戦没者慰霊碑を慰霊訪問。Google Mapで慰霊と検索して知った場所です。

フィリピンは昨年、3回目の訪問。アンヘレス、クラーク、オロンガポ、スービック、マバラカットなどを訪問。神風特攻隊の慰霊碑が旧日本軍のマバラカット基地跡にあり、慰霊訪問させていただきました。

花瀬望比公園には、比島作戦で亡くなられた鹿児島県出身戦死者12000人余りの遺族と2000人余りの生存者が中心となり、昭和41年に「比島戦没者遺骨収集ならびに慰霊碑建立期成会」を結成。

同年11月、鹿児島大学の練習船「敬天丸」でルソン島やレイテ島などから4047柱の遺骨を収集。

昭和43年、ここ花瀬崎に慰霊碑を建立。
フィリピン方面で戦死された山下大将ら47万6千有余の霊が鎮められています。毎年3月27日に戦没者慰霊祭がおこなわれています。
海に面して開聞岳を間近に見ることが出来る景勝地でもあります。

※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影
使用レンズはf2.8 24‐70㎜のレンズ

日の丸に罰点(罰印)-日の丸(日本国旗)、旭日旗は海外で人気?【2026終戦の日-靖国神社㉛】令和8年-終戦記念日-極左「反天連」日の丸に罰点をつけてデモ行進に対して右翼民族派、愛国陣営が抗議

昨年に続き2年連続で終戦の日に靖国神社参拝。
いつも通り極左集団『反天連』の連中が靖国神社手前の交差点までデモ行進してきました。
今年は九段下交差点付近の通過が遅く、17時過ぎに通過。

終戦の日に合わせて
『靖国解体』『天皇制廃止』『戦争賛美をやめろ』『国旗損壊罪反対』などという
プラカードを持ちデモ行進、警察発表では今年の参加者は50人程。

日の丸に罰点をつけた男が行進、8月13日に『国旗損壊処罰法』が施行されましたが、
抜け穴があるようで、『誰が汚損したのか』分からない点もあり、現行犯逮捕出来ないよう。
汚損された国旗をもってのデモ行進も罰則を加えるように憲法改正していくべきかと思います。

民主主義国家なので許可をとればデモ行進できますが、
警察官や公安調査庁の人間など数多く出動。お金がかかってますが、出費を抑えるためにも
このような不敬なデモを終戦の日に許可すべきではないと思います。

今回の動画では、日の丸(日本国旗)、旭日旗は
アジアでどのように思われているのか?
親日国タイでは日の丸や旭日旗をいたるところで見かけますが
タイ各地で見かけた日の丸と旭日旗を動画でご紹介します。

タイのバンコクのカオサン通りで満喫の時間!お薦めレストラン&バーで朝食&タイ料理夕食!飲みやマッサージ堪能!バックパッカーの聖地

カオサン通りは昔から世界各国からのバックパッカーの聖地として知られる通り。バックパッカー、旅行者向けの飲食店や宿、マッサージ屋、旅行会社などが数多くある通り。周辺の通り含めてカオサン地区は賑わっています。

朝日テレビの朝の情報ワイドショー番組『グッドモーニング』海外旅行-航空会社の燃油サーチャージ値上げに関して

朝日テレビの朝の情報ワイドショー番組『グッドモーニング』
に電話出演(事前の収録)
テレ朝系は色々な番組から仕事を受けてきましたが
グッドモーニングは久しぶりです。

お題は5月1日から値上がりする燃油サーチャージに関して。日本航空、全日空共に値上げを決定しています(例:東京⇔バンコク線で燃油サーチャージだけで6万円弱)。日系だけでなく世界各国の航空会社が5月か6月に燃油サーチャージ値上げを決定。平均で2倍の値上げ。

富裕層でない一般の人々は超円安に加えて燃油サーチャージの値上がり。海外旅行しにくい世の中。中東情勢が安定し、石油の卸値(仕入れ値)が下がらない限り暫く燃油サーチャージは高いままでしょう。

海外に行く日程が決まっているのであれば値上げ前の本日中に予約決済、発券をするとよいでしょう。しかし、発券後はキャンセル料が50-100%かかるので、行けるかはっきりしない方は来月以降の予約発券が無難。

航空会社の運休や欠航も増えていますが、国際情勢の安定化がもとめられます。1年で半分以上は海外に滞在していますが、国際情勢が混沌としているのを実感しています。 

【神風特攻隊-英霊に感謝-慰霊】鹿児島県『万世特攻平和祈念館』南さつま市‐南九州市『知覧特攻平和会館』や鹿屋市『鹿屋航空基地史料館』共に慰霊訪問いただきたい場-靖国神社、日本全国各地の護国神社、海外

【鹿児島県南さつま市『万世特攻平和祈念館』】

今回の九州は対馬と壱岐島に行くのが主目的で九州北部(福岡県、大分県、長崎県(対馬と壱岐島のみ)、佐賀県)のみで南部に行く予定がなかったですが急遽予定変更。

知覧は複数回訪問していましたが、万世はまだだったので大分県の由布院から一気に南下して鹿児島県に。今まで知らなかった特攻隊関連の跡地が多くあることを知り、当初予定にいれていなかった鹿児島県、宮崎県、熊本県に暫く滞在することに。

陸軍最後の特攻基地
昭和18年夏から19年末にかけて吹上浜に建設されたのが万世飛行場。この飛行場はわずか4ヶ月しか使われませんでしたが、
17歳の少年飛行兵を含め200人近い特攻隊員が“祖国のため”を合言葉に、ここから沖縄の空へと飛び立ち散華しました。

館内は1階が撮影可で2回は撮影禁止。1階には日本にただ一機の「零式水上偵察機」などが展示されています。2階は遺影や遺書や遺品が多数展示されています。
外に慰霊碑が設けられており、合掌‐慰霊させていただきました。

※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影
使用レンズはf2.8 24‐70㎜のレンズ

台湾民政府【2026終戦の日-靖国神社③】終戦記念日!警察機動隊車両が待機!極左団体『反天連』が今年も靖国に!右翼、愛国保守陣営が抗議

昨年に続き2年連続で終戦の日に靖国神社参拝。 いつも通り極左集団『反天連』の連中が靖国神社手前の交差点までデモ行進してきました。

今年は九段下交差点付近の通過が遅く、17時過ぎに通過。 終戦の日に合わせて 『靖国解体』『天皇制廃止』『戦争賛美をやめろ』『国旗損壊罪反対』などという プラカードを持ちデモ行進、警察発表では今年の参加者は50人程。

日の丸に罰点をつけた男が行進、8月13日に『国旗損壊処罰法』が施行されましたが、 抜け穴があるようで、『誰が汚損したのか』分からない点もあり、現行犯逮捕出来ないよう。

汚損された国旗をもってのデモ行進も罰則を加えるように憲法改正していくべきかと思います。 民主主義国家なので許可をとればデモ行進できますが、 警察官や公安調査庁の人間など数多く出動。お金がかかってますが、出費を抑えるためにも このような不敬なデモを終戦の日に許可すべきではないと思います。

総集編-右翼VS左翼【2026終戦の日-靖国神社㉗】令和8年-終戦記念日-極左「反天連」が日の丸に罰点をつけてデモ行進に対して右翼民族派、愛国陣営が抗議

昨年に続き2年連続で終戦の日に靖国神社参拝。
いつも通り極左集団『反天連』の連中が靖国神社手前の交差点までデモ行進してきました。
今年は九段下交差点付近の通過が遅く、17時過ぎに通過。

終戦の日に合わせて
『靖国解体』『天皇制廃止』『戦争賛美をやめろ』『国旗損壊罪反対』などという
プラカードを持ちデモ行進、警察発表では今年の参加者は50人程。

日の丸に罰点をつけた男が行進、8月13日に『国旗損壊処罰法』が施行されましたが、
抜け穴があるようで、『誰が汚損したのか』分からない点もあり、現行犯逮捕出来ないよう。
汚損された国旗をもってのデモ行進も罰則を加えるように憲法改正していくべきかと思います。

民主主義国家なので許可をとればデモ行進できますが、
警察官や公安調査庁の人間など数多く出動。お金がかかってますが、出費を抑えるためにも
このような不敬なデモを終戦の日に許可すべきではないと思います。

【慰霊訪問】鹿児島県『知覧特攻平和会館』南九州市特攻隊員が知覧基地から散華!日本全国各地の護国神社、靖国神社参拝!海外慰霊‐パラオ・ペリリュー島訪問、ガダルカナル、ラバウル、ビルマ戦線、インパール作戦

鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館を8年ぶりに再訪。
かつてここ知覧基地から多くの特攻隊員が祖国を守るために沖縄戦に
敵艦に特攻し散華されました。

小生は日本全国各地の護国神社、靖国神社参拝。
海外慰霊も数多くしてきましたが、今の日本があるのは
英霊のおかげです。
英霊に感謝し、国内外慰霊をしています。

今年は3年ぶりに海外渡航。
パラオ・ペリリュー島再訪やガダルカナル、ラバウル島訪問
太平洋の激戦地や南方戦線の場を再び訪れ
カメラにおさめていきます。

警察‐警視庁機動隊【2026終戦の日-靖国神社㉖】令和8年-終戦記念日-極左「反天連」が日の丸に罰点をつけてデモ行進に対して右翼民族派、愛国陣営が抗議

昨年に続き2年連続で終戦の日に靖国神社参拝。
いつも通り極左集団『反天連』の連中が靖国神社手前の交差点までデモ行進してきました。
今年は九段下交差点付近の通過が遅く、17時過ぎに通過。

終戦の日に合わせて
『靖国解体』『天皇制廃止』『戦争賛美をやめろ』『国旗損壊罪反対』などという
プラカードを持ちデモ行進、警察発表では今年の参加者は50人程。

日の丸に罰点をつけた男が行進、8月13日に『国旗損壊処罰法』が施行されましたが、
抜け穴があるようで、『誰が汚損したのか』分からない点もあり、現行犯逮捕出来ないよう。
汚損された国旗をもってのデモ行進も罰則を加えるように憲法改正していくべきかと思います。

民主主義国家なので許可をとればデモ行進できますが、
警察官や公安調査庁の人間など数多く出動。お金がかかってますが、出費を抑えるためにも
このような不敬なデモを終戦の日に許可すべきではないと思います。


【日米激戦地】グアムの戦跡慰霊訪問!大東亜太平洋戦争の激戦地 アサン海岸 ‐アメリカ軍上陸地、アガット海岸‐ガンポイント!日本軍の大砲、南太平洋戦没者慰霊公苑 旧日本軍司令部壕!小畑英良中将

大東亜(太平洋)戦争中に日米の激戦地となったグアムの戦跡を巡る

動画最初は
【グアム南西部のアサン海岸-日米激戦地-グアムの戦いアメリカ軍上陸地】

グアムの中心部タモンから南に位置するアサンビーチ。ここは先の大戦下、グアムの戦いでアメリカ軍が上陸した海岸で日米の激戦地。
昭和19年(1944年)7月21日の上陸前、7月8日からアメリカ軍は沖からの艦砲射撃と空爆。グアム戦の前におこなわれたサイパンの戦いでの日本軍の抗戦を予測したうえで、第三海兵師団が上陸。

2kmほどのアサン海岸には、独立混成第48旅団の第1大隊が守備を担当。アメリカ軍上陸部隊が海岸に接近すると山砲と速射砲で砲撃を加えた。またフォンテヒルに配備されていた第10連隊砲兵大隊も砲撃を開始。

アサン海岸沿いの丘に日本軍は米軍上陸を想定して海岸線の防御陣地。セメントなどの資材不足もあり、陣地構築に苦労したが、洞窟を利用して島のあらゆる丘や尾根にハチの巣状に数百の陣地が築かれた。

グアムは海岸から内陸に少しいったところは丘、小高い山々があり、そこに日本軍が洞窟陣地を形成。実際に現地踏査して自らの目で地形を確認すると
当時の日米の戦いがわかる。

その次に訪れたのが
【日米激戦地!グアムのアガット海岸‐ガンポイント!日本軍の大砲2門】
グアム島内にある先の大戦の日米激戦地の戦跡の1つ『ガンポイント』。
昭和19年(1944年)7月21日にアサン海岸と共に米軍上陸地となったアガット海岸。アサン海岸から南に位置している。現在は太平洋戦争国立公園の1つとして整備されており、海岸沿いには旧日本軍の大砲が2門残っている。

ガンポイントはアガットの上陸海岸の中心に位置。米軍上陸当時、椰子の木が一帯に密生。石灰岩の岩盤があるが、上陸する米軍を攻撃するための日本軍陣地(偽装陣地)として使われた。

米軍が上陸前におこなった航空偵察ではこの山背一帯を単なる砂山だと見られていたが、米軍は上陸して日本軍陣地として知る事に。第77歩兵師団の数千名の米海兵隊が上陸。浅瀬の珊瑚礁の歩行は比較的容易であったが、上陸地点で日本軍の攻撃開始。米軍は数時間の間、前進を妨げられた。

海岸には日本軍の発射数毎分300発の25㎜二連対空砲と沿岸砲、トーチカが残されている。

最後は
【グアムの南太平洋戦没者慰霊公苑-慰霊訪問②慰霊碑-平和祈念塔】
グアムの中心部タモンから北進。米軍のアンダーソン空軍基地から近い距離にある南太平洋戦没者慰霊公苑。平和寺の建物の奥には平和祈念塔(慰霊塔)と慰霊碑(第18連隊、第521海軍航空隊、独立自動車第265中隊など)がある。

北側には旧日本軍の司令部壕跡がある。
この辺りはグアムの戦い最後の激戦地となった場所。

司令部壕には説明書きがあり
「第31軍司令官‐小畑英良司令官中将は最後の総攻撃を下命するにあたり天皇陛下および大本営に足し、『己れの身を以て、太平洋の防波堤たらん』と決別の辞を打電し60名の将兵と共に自決した。時は1944年8月11日未明であった』と書かれている。

しかし、中部太平洋陸軍作戦の書物では60名の将兵は自決ではなく、壕が撃破され、兵員の殆どが戦死と書かれている。
壕は爆破された時の傷跡が残っており、当時の状況を物語っており、壕の近くには日本軍飲料用水槽や1人用塹壕『蛸壺』が残されている。日本軍飲料用水槽がある場所の近くに階段があるが、そこに小川が流れている。

雨期なので湿気があり、小生が到着時は曇っていたのが急に太陽が出てきて非常に蒸し暑く、蚊も多かった。
グアムは数は減ったとはいえ、日本人に人気のビーチリゾート。綺麗な海で海水浴も楽しんでほしいが、かつて日米激戦となった地、数多くの日本人に慰霊訪問してほしいと切に願っている。

グアム島北部の叉木山々麓は日本守備軍(小畑中将軍司令官)玉砕の地。この地に太平洋戦域に散華した50万余柱の英霊を合祀する慰霊塔と平和を祈る家(平和寺)を建設し、諸霊位を慰め、世界の恒久平和を祈念している。

昭和41年に(財)南太平洋戦没者慰霊協会設立。同年、グアム島ジーコ村にグアム平和慰霊公苑の日米合同建設起工式がおこなわれた。昭和45年に太平洋全域における戦没者を合祀する表徴的慰霊塔及び納骨堂が完成し、除幕式がおこなわれた。

昭和57年に苑内に我無山平和寺が完成。僧侶を派遣常駐させていたが、平成10年4月に僧侶常駐廃止。
苑内には平和寺、慰霊塔、慰霊碑のほか、旧日本軍司令部壕や飲料用水槽が残されている。

※NIKONのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影