国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

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パキスタンのカラチで宿泊したホテル『Hotel Crown Inn』

【パキスタンのカラチで宿泊したホテル『Hotel Crown Inn』】

カラチで5泊したホテル。カラチのホテルをどこにしようか悩んでいたのですが、予約サイトで評価が高いところが空いてなかったり、市街地から外れた場所にあったりして予約とれず。

このホテルは予約サイトではの評価は高くなかったですが、立地条件が良かったので宿泊して見ることに。ホテルは老朽介していて改装する必要があると思ったほど。予約サイトのホテルの写真と違うと実感しましたが、よくあることです。

種類は多くないですが朝食付き

朝食付きで1泊4000円~5000円で宿泊⁼5泊で23000円程

パキスタンのカラチ市街地のパキスタン人

【パキスタンのカラチ市街地のパキスタン人】

イスラエル、パレスチナ自治区に合計16泊17日滞在した後、再びドバイに戻りました。ちょうど、6月13日からイランとイスラエルの交戦が始まる前日にドバイに抜けました。

6月15日にイランに行く予定だったのですが、交戦が継続中で飛行機が飛ばず、イラン行き飛行機が再開するのを6月18日まで待っていましたが、暫く欠航が続いていました。イラク行きも

同じく欠航続き。イラン、イラクの後に行こうとしていたパキスタンを先に訪問することにしました。

パキスタンは同国最大都市であるカラチ5泊、第2の人口を誇るラーホルに4泊、イスラマバードに6泊、山岳地帯のスカルドゥに2泊、ギルギットに1泊。フンザに3泊と計21泊22日。

パキスタンは事前にEビザ取得。

カラチまではドバイからフライドバイでイランの南側の会場を通過して移動。

カラチは昨年、日本人も被害に遭うテロ事件が複数回発生。

さらに、小生がカラチに到着する2週間前に、カラチ刑務所から200人以上の囚人が集団脱獄していたので、少し緊張しました。

しかし、特に危ない目にあう事はなかったです。

タクシー運転手と交渉して

カラチ市内の名所の大半は訪れましたし、近郊の世界遺産も訪問。NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9での撮影もしましたが、多くの人々に自分たちを撮影してくれと撮影依頼をいただきました。

※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影

使用レンズはF4-6.3 24‐200㎜のレンズ

イスラエルのエルサレムのオリーブ山と周辺の名所『万国民の教会、ゲッセマネの園』

【エルサレムのオリーブ山-黄金門付近からの景色】

イスラエルのエルサレムの旧市街-黄金門付近からオリーブ山方面の景色。山の中腹にロシア正教会の教会もあります。

エルサレム

政治的な話を抜きにして、観光的側面だけでの評価。

3つの宗教の聖地として旧市街は世界遺産登録。旧市街内や周辺に数多くの見所があり、生涯に一度は訪れていただきたい都市です

【オリーブ山】

エルサレムは3つの宗教の聖地なので数多くの名所がある都市です。小生は写真と映像による撮影もしているので、普通の人よりも滞在時間が長くなります。全部で7泊8日滞在したエルサレム。主要名所の大半を訪れ撮影しました。

写真は名所の1つ、巡礼者で賑わうオリーブ山。オリーブ山の山頂までの道は想像以上に急な坂道でした。暑い中、汗だくになり山頂まで歩きましたが、脱水症状気味に。汗をかく時期であれば、脱水症状対策で必ず水を持参してください。

標高825mのオリーブ山。山頂から市街地、旧市街の景色は抜群。山頂付近にあるレストランで昼食をとりましたが、絶景を見ながらの食事は格別でした。

ちなみにオリーブ山山頂付近はパレスチナ人の居住地です。

訪問時に火災が発生して消防車が出動していました。

【ゲッセマネの園】

オリーブ山の麓にあるイエス・キリストゆかりの庭園。オリーブ山から下ってきた時に立ち寄ってみました。

ゲッセマネはヘブライ語で油絞りを意味しています。かつてこのあたりは一面がオリーブ畑で、オリーブの精製がおこなわれていた場所だったのが名称の由来です。現在も8本のオリーブの木が園内に残っています。

ここはイエス・キリストが頻繁に訪れていた場所で

ルカによる福音書22章では、

「弟子達との最後の晩餐を終えたイエス・キリストが、ここに入り、このあとに起こる出来事を予感しながら、血のような汗を流し、父なる神に祈り続ける姿」が描かれています。

【万国民の教会】

オリーブ山の麓、ゲッセマネの園の横にある万国民の教会。

4世紀に建てられた当時のバシリカの形を残し、1920年代に再建されたカトリック教会。イエス・キリストが逮捕される前に祈ったと言われる岩盤の一部を祀っています。

この教会はイタリアの 建築家 アントニオ・バルルッツィによって設計。ファサードや内部の祭壇や天井画、ビザンツ様式のモザイクなど非常に美しいです。
※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影

使用レンズはF2.8 24‐70㎜のレンズ

パレスチナ自治区の名所-死海、エリコの誘惑の山

【パレスチナ自治区-死海の海水浴場】

パレスチナ自治区はベツレヘムに2泊しましたが、エルサレムに戻る日にタクシー運転手と交渉して死海に行く事に。

死海は2023年12月31日~2024年1月3日まで

ヨルダン側の高級ホテル「クラウンプラザ」に3泊した時以来でした。当時は、ヨルダン側からパレスチナ自治区を眺めましたが今回は逆。当時はパレスチナ・イスラエル戦争が始まったばかりで緊張状態にありました。

車のナンバープレート見ていると

イスラエル側からパレスチナ自治区の死海に来ている人も一定数いました。イスラエル側と比べて物価が安いパレスチナ自治区。買い物でイスラエル側から往復する人々も多いようです。

【パレスチナ自治区-死海の海水浴場のパレスチナ人達】

【パレスチナ自治区のエリコの誘惑の山】

パレスチナ自治区(ヨルダン川西岸)からイスラエルのエルサレムに戻る前に、死海と世界最古の町『エリコ』、東エルサレムに寄りました。

エリコでは、誘惑の山に。

福音聖書第4勝などに記されていますが、40日間断食をしていたイエス・キリストが悪魔に誘惑を受けたという場所です。

山の中腹には12世紀に建設されたギリシャ正教の「誘惑の修道院」があります。

時間がなかったのでロープウェイで修道院を訪れませんでしたが、下から荘厳な雰囲気をかんじとることが出来ました。

到着時間が遅れたので逆行での撮影。

※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影

使用レンズはF2.8 24‐70㎜のレンズ

パレスチナ自治区のベツレヘムの旧市街の名所、世界遺産の聖誕教会!イエス・キリストが生まれたとされる聖地

【パレスチナ自治区ベツレヘム市街地】

イスラエルのエルサレムからパレスチナ自治区ベツレヘム県の県都『ベツレヘム市』を訪問して2泊。

ベツレヘム市の人口は3万人弱。キリストの生誕の地と言われ、ヘブライ語聖書では「ダビデの町」とされ、新約聖書ではイエス・キリストの生誕地とされています。

キリストの生誕した教会『聖誕教会』への巡礼者や観光客が数多く来る都市で主要産業は観光業。他のパレスチナ自治区の地域に比べてキリスト教徒の比率が高い都市です。

山の斜面に家を建てており、坂道が多い都市です。

【ベツレヘム市-旧市街】

【ダビデの井戸】

ベツレヘムの名所の1つがダビデの井戸です。古代イスラエル王国のダビデ王ゆかりの井戸。ぺリシテ軍との戦いに勝利したイスラエル王国の兵士が、この井戸からダビデ王に水を持参。

その際に、ダビデ王は

「これは生命をかけてゆきし人の血なり」と言って水を飲まず、主に水を捧げたとのこと。

場所は

旧市街の聖誕教会からメンジャー通りを北に向かったところにあります。

【世界遺産の聖誕教会!イエス・キリストが生まれたとされる聖地】

ベツレヘムの最大の名所がイエス・キリストが生まれたとされる聖地「聖誕教会」です。旧市街の中心に建っており、キリスト教信者は勿論のもと、非キリスト教徒の観光客も数多く訪れる教会です。

イエス・キリストの生誕の地

西暦339年

この教会の地下洞窟としたのは、ローマのコンスタンティヌス大帝の母ヘレナ。

6世紀に火災で最初の聖堂が焼失。再建はユスティニアヌス1世の時代に行われ、この6世紀の聖堂が基本的に現存する聖堂となっています。

小生はどこの宗教にも加入していませんし、

生涯に宗教に入信することはないですが、

国内外の様々な宗教の

宗教建築や宗教画や造形物、歴史には興味があります。

聖誕教会は

イエスの生誕地として荘厳な雰囲気があり

内部の内装や宗教画、モザイクは非常に美しいです。

【「ミルク・グロット教会」】

聖誕教会と共に訪れていただきたいのが、聖誕教会の東にあるミルク・グロット教会です。

5世紀にはここに、もととなる教会が建っていたと言われています。

現在の1872年に建てられたローマカトリック教会の礼拝堂です。 幼かったイエス・キリストを抱えたヨセフとマリアがエジプトに脱出するまで、ヘロデ王の兵士から身を隠したとされる洞窟がある場所に建っています。

※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9 で撮影

使用レンズはF2.8 24-70㎜のレンズ