国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

ブログ
サイト管理人のブログです。

ブログ一覧

【沖縄お薦めビーチ】沖縄県・古宇利島のビーチ!

古宇利島に。2005年2月に古宇利大橋が完成し、名護市の屋我地島と橋で結ばれるまでは、古宇利港と運天港との間に船便でつながれていました。

島は面積3.13平方キロメートル、周囲7.9kmでほぼ円形の形をした隆起サンゴ礁の島です。
琉球人の祖と言われる「沖縄版アダムとイヴ」と呼ばれる神話があることで有名な島でもあります。

前回、訪問時は雨。
今回は晴れていたので綺麗な写真を撮ることができました。
時期的に本土からの卒業旅行生が多かったです。

【沖縄の世界遺産】沖縄県・今帰仁村・今帰仁城跡!

沖縄にある琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産9つの世界遺産の一つである今帰仁城を訪問。
今帰仁と書きナキジンと発音。城はこちらの言葉でグスク。

沖縄県国頭郡今帰仁村に位置する13世紀に建てられたと推測される城跡で。14世紀、琉球王国成立以前に存在した北山の国王・北山王の居城。世界遺産だけでなく国の史跡に指定されています。
日本100名城の1つでもあります。

城跡で城は残っていませんし、再建もされていませんが
南北350 m、東西800 m、面積37,000 m2。県内最大級の城として
首里城と比べても劣らないお城だったようです。

。1609年の薩摩藩による琉球侵攻の際には、その攻撃の第一目標になり、1665年に廃城に。

東南アジア4か国周遊旅行(タイ、ラオス、ベトナム、カンボジア)!期間や費用は?

番組をご視聴いただいている方から下記
質問をいただきましたのでご回答させていただきます。
↓↓↓↓↓
(質問)
僕も東南アジア周遊しようと思っているんですが、ルートはバンコク→チェンマイ→ヴィエンチャン→ルアンパバーン→ハノイ→ホイアン→ホーチミン→プノンペン→シェムリアップ→バンコクにしようと思ってます。このルートの必要な期間や費用、気をつけることなどを教えていただきたいです。

沖縄県那覇市・夜の国際通り!

【ソニーの4KビデオカメラFDR-AX100で撮影】
沖縄県の県庁所在地である那覇市の観光客が多く集まる国際通り。最近では外国人観光客も増大し、名前のとおり国際通りになっています。
ここには多くのホテルや飲食店、お土産屋があり、食事や飲み、お土産を買うのにはもってこいの通りです。

沖縄県・那覇市と豊見城境・旧海軍司令本部壕!

【沖縄戦の戦跡地巡り&慰霊①】
沖縄県豊見城市と那覇市の市境に位置する海軍司令部壕。
日本で唯一の陸上線である沖縄戦で大日本帝国海軍の司令部として使用された防空壕。

昭和19年、先の大戦において
絶対国防圏を守る上での最重要拠点であるサイパンやグアムなどのマリアナ諸島やパラオ戦線やフィリピン戦線での敗北でそれらを失い、敗色が強まってきました。

戦線が南西諸島付近まで後退したため最前線となった沖縄の軍備が強化されることになりましたが、沖縄における重要な軍事拠点の一つであった小禄飛行場(現在の那覇空港)を守るための防空壕を建設することになりました。

昭和19年8月10日に着工されましたが、実際には十・十空襲以降に始められ同年12月に完成しました。

壕はかなり深さがあり、枝分かれした全長約450mの坑道といくつかの部屋からなり、砲撃に耐えられるよう重要な部屋はコンクリートや漆喰で補強されています。
部屋は作戦室、幕僚室、司令官室、暗号室、医療室、下士官室、兵員室、発電室があり広大な壕です。

昭和20年1月20日から大田実海軍中将が沖縄方面根拠地隊司令官として赴任し現地の指揮を執ることになりました。
アメリカ軍による本格的な攻撃は3月23日頃から始まりましたが、3月31日には那覇市の北西沖約10キロメートルに浮かぶ神山島に上陸し、4月に入ると島に設置された砲台や海上艦船からの攻撃も始まりました。

6月4日午前5時、アメリカ軍は小禄飛行場の北部に上陸し司令部壕のある那覇市南西部を包囲。

6月11日朝、司令部壕に米軍の集中攻撃が加えられ、同日夜には司令部壕からの最後の報告として海軍根拠地隊が玉砕したとの電報が発せられました。
6月13日に大田司令官は自決を遂げ小禄地区における組織的な戦闘は終結し、戦線は南部に。

司令官室には
壁面に大田司令官の愛唱歌「大君の御はたのもとに・・・」の墨書が残されています。

戦後の調査で壕内からは大田司令官をはじめとして800名以上の遺骨が収集された、昭和33年には更に1500名以上の遺骨が収集され、沖縄海友会によって海軍慰霊之塔が建立されました。

沖縄は綺麗なビーチが多く見所が多いですが
先の大戦では日本唯一の陸上戦がおこなわれ、約20万人の方が犠牲になった場所です。沖縄を訪れるのあればこういった戦跡や慰霊をしていただきたいと思います。