タイ最東端の県ウボンラーチャターニーから隣のシーサケート県にバイクで訪問。
プレアヴィヒア遺跡周辺国境の調査をする前に
シーサケート県の県都『ムアン・シーサケート』中心街から5キロくらいの場所で日の丸と旭日旗発見。
反日の韓国や中国では燃やされる可能性あるので見かけない光景。流石、先の大戦下に同盟国で親日国タイだけあると思いました。
何の店かと思い、バイクをとめて確認すると、日本からの輸入中古品を販売しているリサイクルショップでした。
タイ最東端の県ウボンラーチャターニーから隣のシーサケート県にバイクで訪問。
プレアヴィヒア遺跡周辺国境の調査をする前に
シーサケート県の県都『ムアン・シーサケート』中心街から5キロくらいの場所で日の丸と旭日旗発見。
反日の韓国や中国では燃やされる可能性あるので見かけない光景。流石、先の大戦下に同盟国で親日国タイだけあると思いました。
何の店かと思い、バイクをとめて確認すると、日本からの輸入中古品を販売しているリサイクルショップでした。
【タイのバンコク市内ソイ23にあるラーメン屋『豚骨火山』にて火山ラーメン】
50度まで熱した石鍋に太麺と野菜をいれて豚肉を山盛りに。
円錐形の蓋をして、蓋の穴からスープを入れ込む。
ぐつぐつと煮立ったスープの蒸気が立ち上る様は、まるで火山の噴火。熱々のスープをいれて待つこと1分。
豚肉の旨味が麺や具材と融合。
スープもかなり美味しい。感動的な美味しさ。
料金は水入れて総額
314バーツ(約1570円)
タイのパタヤビーチ。40回くらいは来ていますが、パタヤでお気に入りの一つが、砂浜で寝椅子を借りて海を眺めながら、タイ料理とタイのビールを堪能する事です。 あとはマッサージや昼寝、読書。 至福のひとときです。 今回は、タイ料理(パッダイ、ソムタム)をシンハービールと共にいただきました。
【タイのコラート市街地にある日本食居酒屋『改善酒場』】
コラート滞在1日目に夕食で利用した日本食-居酒屋『改善酒場』。
コラートは日系企業の日本人駐在員が住んでいるのもあり、市街地には色々な日本食屋があります。
日本食屋がたまる通りを歩いていると、愛想の良い若いタイ人従業員に話しかけられ、良さそうなレストランと思い利用しました。
注文したのは鍋焼きうどん、ししゃも、枝豆をサッポロの生ビールとともにいただきました。鍋焼きうどんがかなり美味しかったです。
料金は総額約650バーツ(約3250円)
この後は、
小生のハトコ(又従兄弟)、2000年にTBSの番組『ガチンコファイトクラブ』1期生の網野泰寛さんと飲み。
コラートとバンコク、バンコク近郊の水上マーケットのツアーに参加させていただき、感謝しています。
2000年、学生時にプロボクシングチャンピョンの竹原慎二さん、TBSのガチンコファイトクラブをよく見ていましたが、一期生の網野泰寛さんが血族、親戚だと知ったのは昨年9月のこと。
大川原化工機冤罪事件の社長は小生の父親の従兄弟(祖父の弟の子供)で網野さんのお母様(社長の妹)も同じく小生の父親の従姉妹。
大川原化工機は
祖父方3兄弟
創業99年(昭和2年)
大川原製作所の子会社だった(網野さんの祖父が創業、後に非子会社)会社です。
ガチンコに出ていた時の網野さんは遊び人、ギャル男、チンピラ風でした。
しかし、実は頭が良く、ドイツからの帰国子女で卒業生180名くらいで50、60人も東大合格者(あとは旧帝大、早慶、医大)を出す神奈川の中高完全一貫の超進学校『栄光学園』出身で大学は立教。
父親は東大出の三菱商事社員。ドイツなどの海外に駐在したエリート一家のお坊ちゃま。今は実業家、華道家として活躍されている方です。
【台湾の基隆市-港隣接の複合商業施設「EAST COAST」内の丸亀製麺】
丸亀製麺はアジア内、数多くの国々に進出していますが、台湾にも数多くの店舗があります。土曜日ということもあり大混雑ですが、なんとか着席出来ました。
注文したのは温玉うどん大盛り。魚天とエリンギ天つけて烏龍茶も注文。総額229TWD(約1200円)日本と変わらず美味しかったです。
複合商業施設内には丸亀以外に
すき家、はま寿司もあります。
元麻布の 在京(東京)中国大使館 23歳陸上自衛官(3等陸尉)侵入事件現場に。中国大使館周辺、四方周ってみましたが至る所に監視カメラが。機動隊-警察官も随所にいます。 しかし、死角もあり 小生でも侵入出来そうな場所が複数ありました。
【台湾の基隆-日本統治時代1903年に建てられた百年防空洞】
昨年12月、9年2か月ぶりの台湾再訪。前回同様、日本統治時代の関連地を訪れました。 前回は基隆未訪問でしたが、今回は基隆を訪問して2泊。 日本統治時代-1903年(明治36年)に建てられた百年防空洞に。
旧日本軍の病院があった場所。敵からの攻撃から避難するために造られた防空壕です。 今でも市民のトンネル通路として活躍。 天井が低いので頭が当たらないようにきをつけなければです。 トンネル内には日本統治時代の写真が説明書きと共に 紹介されています。
※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影 使用レンズはf2.8 24-70㎜のレンズ
タイ最東端のウボンラーチャターニー。合計7泊して様々な場所にいきました。 動画は 市内に3つあるナイトマーケットの1つを散策する動画。
【台湾・嘉義市の日本統治時代1911年に開園した嘉義公園】

日本統治時代1911年(明治44年)に開園した公園。
公園内には射日塔と呼ばれる12階建てのビルが公園内にあるのですが、展望台から嘉義市内の景色を見る事が出来るので展望台にのぼってみるとよいでしょう。
公園内には日本統治時代に創建された嘉義神社跡

社務所跡が残っており、日本刀時代を知ることが出来る資料館になっているので併せて見学いただきたいです。
※嘉義公園は嘉義の鉄道駅から徒歩25分程。歩いていけないこともないのですが、タクシーを利用するとよいでしょう。

※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影
使用レンズはF2.8 24-70㎜のレンズ
タイ最東端の県ウボンラーチャターニーから隣のシーサケート県にバイクで訪問。 プレアヴィヒア遺跡周辺国境の調査をする前に シーサケート県の県都『ムアン・シーサケート』中心街から5キロくらいの場所で日の丸と旭日旗発見。
反日の韓国や中国では燃やされる可能性あるので見かけない光景。流石、先の大戦下に同盟国で親日国タイだけあると思いました。 何の店かと思い、バイクをとめて確認すると、日本からの輸入中古品を販売しているリサイクルショップでした。