国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明

世界各国、日本各地を周り、多くの場所を写真、動画撮影等で取材

2015年

旧ユーゴ・コソボ・プリシュティナ市・マザーテレサ大通り!

アジアの発展搭乗国のような喧騒感があるコソボの首都のプリシュティナ。NIKONの一眼レフカメラD610によるフルハイビジョン動画!現地にて撮影。コソボ紛争で有名なコソボ(16年前まで紛争状態でありました。皆さんの記憶にも新しいでしょう。外務省の危険レベルが1段階引き下げられました。)首都のプリシュティナ訪問。プリシュティナの目抜き通りのマザーテレサ大通りを端から端まで徒歩散策。
かの有名なノーベル賞受賞の修道女マザーテレサの母親がアルバニア人のため、アルバニア系住民が大多数を占めるコソボにおいて、マザーテレサ大通りと名付けられました。
旧ユーゴスラビアのコソボ平成26年(2014年)8月に旧ユーゴスラビア・セルビアから平成20年(2008­年)に独立したコソボを訪問!首都のプリシュティーナ、南西部中心都市であるプリズレ­ン、北西部中心都市のペヤの三都市を訪問。

プリシュナは、コソボの首都。2008年にセルビアからの独立を宣言したコソボ共和国の首都と定められているが、セルビアはコソボ共和国の独立を認めておらず、コソボ・メトヒヤ自治州の州都としている。

近隣の都市としては、約95キロ北東のニシュ、約80キロ南のスコピエ(マケドニア共和国の首都)などが挙げられる。1990年代のコソボ紛争で深刻な打撃を受け、現在も復興の途にあります。

人口は十万人台と首都の割には非常に少ないが、これでもコソボでは最も人口の多い都市であります。

第二次世界大戦後のユーゴスラビア社会主義連邦共和国を率いたヨシップ・ブロズ・チトーが1980年に死去すると、セルビア内で民族主義が高揚。

プリシュティナでは、経済不況や食糧不足でアルバニア人の暴動が頻発しました。

1989年、セルビアの大統領・スロボダン・ミロシェヴィッチが自治を制限、アルバニア語の使用が制限されアルバニア系住民が多くの職場から排斥されると、コソボのユーゴスラビアからの分離を求める運動が激化されました。

イブラヒム・ルゴヴァに指導されたコソボ民主連盟が結成される。これに対してセルビア政府は強硬策で臨みました。

1996年からはコソボ解放軍による武装闘争が開始されるが、プリシュティナは当初は平穏でありました。

1999年3月、コソボ紛争が本格化すると、プリシュティナは戦場と化す。4月、NATOの空爆が開始されると、市内のあちこちで虐殺行為が展開された。多くの住民がマケドニア共和国方面に脱出、その数は、アメリカ合衆国国務省の推定で1999年の5月だけで100,000人にのぼります。

コソボ紛争終結後は、40,000人いたセルビア人の多くがプリシュティナを離れたが、市内に留まった者の多くは、今度はアルバニア系住民の報復に怯えることになり、2009年にはプリシュティナから全てのセルビア系住民がいなくなった、と言われる。また、紛争でロマ人も多くが市を離れた。国際連合コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)の本部が置かれています。

ドイツ・ミュンヘンのホステル(共同部屋の宿)

私は、世界を旅する時には、1つ星~5つ星まで全てのホテルに泊まります。時と場合により使い分けておりますが、長期周遊旅行になると、このようなホステル、ゲストハウスを利用する事が多いです。

ドイツのミュンヘンで宿泊したホステル(共同部屋宿)の部屋。6人部屋です。2段ベッドの上に自分、下に韓国人男性、隣のベッドに韓国人女女性2人、スウェーデン人カップルは本日、チェックアウトです。これが一般的な共同部屋宿の部屋です。綺麗なとこですがここは。1泊3600円くらいです。2年前のレートだと2600円くらいだったんですが。
たまに珍しい国の人々が宿泊します。

利点としては、安く宿泊出来、経費削減できること、他国民との交流できるなどがあります。

欠点としては、共同部屋になるので、プライバシーがないことです。
2014年7月24日ドイツ・ミュンヘンにて撮影  3回目の欧州周遊旅行時

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ドイツ・バイエルン州の地ビールAugustiner堪能

2年ぶりに飲むドイツ・バイエルン州の地ビールであるAugustinerとソーセージを堪能!

ドイツ・ミュンヘン市内のお店にて

2014年7月24日撮影 3回目の欧州周遊旅行時

 

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ドイツ・ミュンヘン旧市街の芝生広場

ミュンヘン市内の旧市街にある芝生広場で休んでいます。乾燥していて涼しいです。2年前に来た時は、もう少し暑かったんですけどね。
2014年7月24日撮影 3回目の欧州周遊旅行時

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ドイツ・ミュンヘン・カールス門

2年ぶりのミュンヘン市内観光。旧市街の手前にあるカールス門前の噴水です。虹が出ています★多くの人々が涼んでおりました。
2014年7月~9月3度目の欧州周旅行・7月24日に撮影。
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ドイツが誇る高速列車ICE

ドイツが誇る高速列車であるICE。今回も乗りました。同じく欧州の高速列車としてしられる、タリス、TGVなどはユーレイルパス所持していても追加料金が必要ですが、ICEは必要ありません。ドイツの列車はラテン系の国々の列車に比べ、時間はわりと正確です。ラテン系の国々だと遅れはあたりまえですし、急に昼休憩などといい、30分程列車が泊まる事も多々あります。ユーレイルパスは2か月有効のものを19万円程で購入しましたが、使わなければ損です。
平成26年(2014年)7月~9月に3度目の欧州周遊旅行。現地にて7月23日撮影

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ドイツ・ミュンヘン中央駅

ミュンヘン中央駅。ここは何度も利用しているので慣れていますが、好きです★次はどこの都市に行こうか考え中です。ノイシュバインシュタイン(ディズニーのモデルとなった城)城を8年ぶりに訪問。
フッセンにあるんですが、ミュンヘンから2時間程。フッセンへはミュンヘンから日帰りでいってもいいのですが。

平成26年(2014年)7月23日撮影。3度目の欧州周遊旅行

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アキーラさん堪能!ドイツ・ミュンヘン・中央駅にてサンドイッチ!

2014年7月に欧州周遊旅行した際にドイツで食した昼食です。ミュンヘン中央駅の中にある店で購入。サラミ、チーズ入りのサンドイッチとコーラ。基本的に、昼食は軽くすませます。これで900円ほどです。(コーラをいれ)もう少し円高だったら安いんですが。
前回4か月に渡る欧州周遊旅行時に必ず1か国で一回以上はフルコースで地の名物を食しましたが。今回も同じように考えています。前回に比べ、1ユーロ40円程もあがり前回のようにはいかないかもしれませんが。
サラミが美味です★日本人なのでご飯が主な自分ですが、パンもいいですね。たまには。(外国暮らしではパンばかりだったので飽きていた自分ですが)
2014年7月23日撮影
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アキーラさんお薦め!ドイツ・ミュンヘン・カレーウルスト(ソーセージ)

2年ぶりにドイツの名物であるカレーウルストを食しました。これはドイツでも、ベルリンのほうの名物なんですが、ここでも食べれます。しかし、使用しているソーセージがミュンヘンとこのあたり特産の白ソーセージを使用しています。
場所はミュンヘン中央駅の構内にある店です。2年ぶりの利用です。
2年ぶりのミュンヘンですが、少し治安悪くなっていますね。8年前に来た時が一番最初ですが、その時は、安全な街だという印象だったんですが。中東系、黒人(ナイジェリアが主)、ユーロ統合により、東欧からの流れ者、ドイツ人の浮浪者、悪集団等 中央駅周辺で多く見かけるようになりました。
まあ、特に、何かされるというわけではありませんし、夜歩けるというのは治安は良い証拠ですが。
ドイツの人口は、8600万人程。そのうち10%が外国人です。日本は比ではありません。日本と同じく少子高齢化が進むドイツ(いや、西欧先進国の多くは)。労働力不足による移民受け入れ。ユーロ統合により、ユーロ諸国内、査証なし、入国審査なしでの入国可能。人的移動は容易になりました。もちろん移民が必要だという需要があったからこそ受け入れたのもありますが。
しかし、それが、それら外国人による犯罪増加を生み、それを危惧した人々による外国人排斥運動、ネオナチの台頭等が見られます。しかし、純粋なドイツ人からしたら、それら外国人をよく思えないのも当然です。

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アキーラさん偶然の再会!ドイツ・ミュンヘン市街地でインド人友人!

びっくりしました!2年前にミュンヘン滞在時に宿で友達になったインド人(げんちざいじゅう)にいきなりミュンヘン中央駅で呼び止められました。事前に伝えていなかったんですが、偶然、駅で再会するとは。フェイスブックでは友達になっているので、自分の顔は認識出来たようです。たまにチャットでやりとりしていたので、あまり久しぶりという感覚はなかったのですが。今晩、あたり連絡しようとしていたのですが、偶然でした。
2年前に初めて会った時に、チナ?チナ?(シナ)と言われ、中国人と間違えられた自分ですが。

平成26年(2014年)7月22日3回目の欧州周遊旅行初日に再会
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